橋姫の恋バナや籐兵衛の失踪、長崎屋界隈は騒動多発 ー 畠中恵「やなりいなり しゃばけ10」

祖母の血筋のおかげで「妖」の姿を見ることができる病弱な廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎と、彼を守るために祖母が送り込んだ妖「犬神」「白沢」が人の姿となった「仁吉」「佐助」、そして一太郎のまわりに屯する「鳴家」、「屏風のぞき」といった妖怪たちが、江戸市中で、一太郎が出会う謎や事件を解決していくファンタジー時代劇「しゃばけ」シリーズの第10弾が本書『畠中恵「やなりいなり」(新潮文庫)』。

今巻では、話の最初に長崎屋で「若だんな」のために特別につくられている料理のレシピが披露されます。そのラインナップは「塩味・砂糖味の小豆粥」「やなり稲荷(寿司)」、「栄吉の煤(あげ)出しいも」「長崎屋特製ゆでたまご」「味噌漬け豆腐」といったところで、いずれも旨そうな上に「妖」風味がプラスされている特徴あるものなので、話の合間にご賞味ください。

【収録と注目ポイント】

収録は

「こいしくて」
「やなりいなり」
「からかみなり」
「長崎屋のたまご」
「あましょう」

となっていて第一話の「こいしくて」では、まず、長崎屋に流行り病を司る疫神や疱瘡神、さらには、あらゆる災いを支配する禍津日神が集まってくる。若だんな・一太郎は病弱なことは間違いないのだが、疱瘡神に至っては、若だんなは幼い頃に疱瘡にすでに罹っているので伝染る可能性もなく、集まってくる理由が全くわからない、という筋立て。さらには、以前知り合った小乃屋の七之助に、上方にいた頃の幼馴染」千里との縁談がとんとん拍子にまとまりだしのを筆頭に、長崎屋のある通町界隈で縁談がまとまることが多くなっているのがわわるのだが、これらの意味することは一体・・という筋立て。どうやら、いろんなものの関所の役目をする「橋姫」の一人が結界を勝手に解いたらしいのだが・・という展開である。

第二話の「やなりいなり」では、若だんなの母親・おたえの守り神である「守狐」がもってきた「やなり稲荷」寿司に、一人の幽霊がおびき出されてくる話。ところがその幽霊、梯子で頭を打ったことは覚えているのだが、自分の名前や商売、そして長崎屋に化けてでた本当の理由も忘れてしまっている。その幽霊の素性を明らかにするため、鳴家や屏風のぞきをはじめ、長崎屋の妖たちが総動員で捜査にあたる。ところが、その幽霊、実は死んでいなくて、生霊であることがわかる、さらには、生霊になったのは長崎屋を襲う計画をたてている盗賊たちのせいだとわかり・・・、という展開

第三話の「からかみなり」は、一太郎の父親で長崎屋の当主・籐兵衛が商用ででかけた先で行方不明になる話。いままで、女房のおたえが美人なためか、あるいは大妖の娘であるのが怖いのか、無断外泊なぞしたこともなかった藤兵衛が三日以上家に帰ってこない、ということなので、若だんなが心配して妖たちに捜索をさせると・・、という筋立て。藤兵衛の失踪を長崎屋あげて心配しているかというとそうではなくて、若だんなが無事ならそれでいい、という佐助と仁吉や、辰巳芸者の一番争いに巻き込まれたのだろうという屏風のぞきや女房のおたえへのプレゼント探しで遠出をしているのだという守狐など、無責任な反応が、長崎屋の妖たちらしいですな。ヒントは江戸市中に頻繁に小雷が頻発するようになった、というところですね。

第四話の「長崎屋のたまご」は、空から小さな玉とともに魔物たちが降ってきての騒動の顛末。空には一魅から百魅までの百人の魔物が茜色の雲の中に住んでいるらしいのだが、玉とともに、九十八魅が下界に落ちてしまったため、茜色の雲が欠けてぽっかりと穴が空いてしまう。この穴を塞ぐため、九十八魅の行方を探しに、空の上の魔物たちがやってきて、という展開。天空から落ちてきた「玉」が「九十八魅」と思わせるのだが、じつはそうではなくて実は・・・といった展開ですね。

最終話の「あましょう」は、若だんなの幼馴染の栄吉が修行する菓子屋・安野屋で、五一と新六という二人の青年の喧嘩に巻き込まれる話。この二人、昔は仲良しだったのだが、五一が突然房州に行ってしまい、それ以来ほとんど会っていない状態が続いている。実は、新六の妹・美津と五一は祝言をあげる予定だったのだが、突然にそれもキャンセルしての房州行きであったという因縁がある。美津はその後、大店の息子との縁談がまとまったのだが、その持参金を用意するため、新六は疱瘡のせいで嫁き遅れた松木屋の娘・おれんとこれまた持参金目当てで結婚することとなったことを聞いた五一は、そもそもの原因が自分の房州行きにあると思い、新六とおれんの縁談をチャラにしようと思いたち・・、という展開。持参金目当てといいながら、実は「おれん」のことを想っていた新六の気持ちにほろっときていると、五一が美津との縁談を断って房州行きを決めた理由と、今回、急に房州から江戸へ帰ってきた理由がわかり、もっとほろっときます。

【レビュアーから一言】

第一話で、橋の結界を解いてしまう「京橋」の橋姫の恋の相手は「時花神(はやりがみ)」という神様なのだが、この神様は

病が流行したときなどに、人から盛んに祀られる神で、ある神にすがればいいと噂が広がると、皆がその神を拝みに押しかけるが、病が快癒すれば、その病から離れるため、関わった神を外へ送り出す

というもので、一時はちやほやされるのだが、しばらくたつと見向きもされない「一発芸人」のような神様である。そんな彼が、日本橋界隈に充満する浮かれた気分を収束させ、橋姫がお咎めをうけないように立ち去っていく様子は「粋」でありますので、ぜひ原書で。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です