古代エジプトの消された女王の物語が開幕 ー 犬童千恵「碧いホルスの瞳1〜3」

女性の「王」というのは、母系制の社会では珍しいことではないのかもしれないが、父系制の社会が主流となっていた古代以降、正式に即位して「女王」となったケースはけしてメインストリームとはいえないだろう。

エジプトというと今でもアフリカ北部の文明国かつ強国であるのだが、今からおよそ3500年前、異民族の「ヒクソス」の支配から脱した、エジプト新王朝時代。エジプト人にとっては「輝かしい時代」の最初の頃、当時でも異色であった「男装の女王」としてエジプトに君臨したハトシェプストを主人公にして、一人の女性の活躍と苦悩を描くのが『犬童千恵「碧いホルスの瞳ー男装の女王の物語ー(HARTA COMIX)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は、第1巻が

第1話 王妃シェプスト
第2話 荒野の誓い
第3話 女神の手ほどき
第4話 魂の在処

第2巻が

第5話 灯された篝火
第6話 黄金の國の少年
第7話 紅い星の女
第8話 偽らざる想い
第9話 餞

第3巻

第10話 打ち捨てられた虚像
第11話 謀略の行方
第12話 灯りのない夜
第13話 萌芽
第14話 落日の接吻

となっていて、

という美しい姿のハトシェプストの婚礼のシーンからスタートし、その後、彼女が義理の息子の摂政として、王国の支配権を握るところまでが第1巻から第3巻まで。

彼女の夫となるのは、父王トトメスの側室の息子・セティで、当時のエジプト王家では王族同士での近親婚は当たり前のようですね。そして、本書によると、王家の系統は女系で継承され、王と王妃との間に産まれた長女が世継ぎとされ王位継承権をもつことになっていたようですが、軍事権はファラオである夫が握っていたので、王国の実質的な支配権はなく、さらに祭祀は神官たちの手にあったので、王権といっても彼女たちのそれは形式的なものになっていたようですね。そんな状況のなかで

と王国の実質的な支配権を握ろうというハトシェプストは、当時でも異質な存在であったと言えるでしょうね。
このため、結婚はしても、異母兄のセティ(トトメス2世)とは夫婦関係を築こうとしないのですが、このため、イシス神殿の下級神官から成り上がった「ソティス」という側室が後宮の権力を握ることを許してしまいます。

もっとも、こうした神殿の神官・巫女というのは、ギリシアのアテネ神殿でも公娼の性格ももってたようですから、男を夢中にさせる「手練手管」は、王族のお姫様であるハトシェプストが敵うところではなかったのかもしれません。
このため、ハトシェプストに忠誠を誓う書紀のセンムトが追放されたり、自らの養子として育てるはずのソティスの産んだ赤ん坊を取り上げられたり、とかなりの劣勢にたたされることになります。さらには、彼女の乳母・シトレが

という動機でハトシェプストを裏切ります。そして、妹がトトメス2世の王妃に召し出されるのを防ぐため、トトメス2世の子どもを生むことを決意します。この後の展開を考えると、シトレの選択が良かったかどうかは疑問の残るところですね。

ただ、大抵の場合、こういう構図になると、義兄のトトメス2世の足下に長期間屈するか、権力の座から追放されるといった事態が起きるのが通例なのですが、他国へ軍事遠征にでていたトトメス2世が、

と突然の病で急死することになります。これには、権力を自らのもとに集中させたいアメン神の神官団の陰謀であるとか、ハトシェプストが逆襲した、といった説が乱れ飛んでいるのですが、ここらは歴史の闇の部分でしょう。本書では、前者の説に従って描かれていますが・・・。

そして、王の病気の悪化を受け、ハトシェプストの取った策は・・・というところは、原書のほうで。

【レビュアーから一言】

ハトシェプストの評判は、死後、トトメス3世の時代以降、彼女の肖像や彫像も破壊され、事績の記録もほとんどが破棄されて、王統からも抹消されたせいか、王朝を専断したかなりの悪玉扱いされていますね。このあたりは、彼女の責任というより、後継のトトメス3世との確執の影響もあるのでしょうが、女性が王位に就いたことを快く思わない、男性側の心理が大きく影響しているように思えますね。

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