旗本の放蕩息子たちを狙うのは「炙り屋」?ー 今村翔吾「花唄の頃へ くらまし屋稼業6」

「依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと」「決して他言せぬこと」「捨てた一掃を取り戻そうとせぬこと」といった七箇条の約定を守りさえすれば、現在の暮らしから、だれでも「くらます」が、この約上を破った時は、この夜から「くらます」ことを生業とする「くらまし屋」シリーズの第6弾が本書『今村翔吾「花唄の頃 くらまし屋稼業6」(時代小説文庫)』。

今巻では、前巻でも冒頭のところで、本シリーズの主人公の一人・堤平九郎から飴を買った孫が可愛くて仕方がない御家人の隠居の正体と、くらましや、炙り屋、振という3組の闇の商売に携わる者たちが交錯していくのが本巻。

【構成と注目ポイント】

構成は

序章
第一章 不行状の輩
第二章 五十両の男
第三章 炙り屋と振
第四章 暗黒街の暗殺者
第五章 迅十郎の掟
終章

となっていて、まずは大身の旗本の次男・三男たち、いわゆる「部屋済み」の一人で、二千石の旗本の次男・枡本三郎太という男が、屋敷の近くで何者かに殺害されるところからスタート。彼は、放蕩者ながら剣の達人で、旗本の師弟の中では一、二を争う腕前の持ち主であったのだが、腹部を刺され、首をかき切られて殺害されてしまっているという事件であろう。さらに、遊び仲間であった、小山蘭次郎、国分林右衛門。出田幸四郎というこれまた大身旗本の部屋住み仲間の一人、出田幸四郎が、白昼、家臣の侍が随行していたにもかかわらず、その侍たちも気づかないうちに項を刺されて失血死するという連続殺人がおきる。
で、この事態に恐れをなした残りの二人がそれぞれ、くらまし屋、炙り屋、振たちを雇って自分の身を守ろうとする。蘭次郎は「くらまし屋」に自分をどこかに「くらましてくれ」と依頼し、林右衛門は、最初「炙り屋」に依頼しようとするが断られ、「振」の一人でもと旗本の息子で、旗本の師弟随一の剣の使い手ながら辻斬りをして出奔した「油屋平内」に自分たちを狙っている者を始末してくれ、と依頼するのだが・・・、という筋立てである。炙り屋が、林右衛門の依頼を断ったのは彼が「下手人を討ち果たし、我らを守ってくれ」と依頼したためであるのだが、ここらに本巻で、裏稼業の三組が激突する原因が隠れています。

そして、蘭次郎の依頼を受けた「くらまし屋」の平九郎は、彼を江戸から連れ出す段取りを始めるのですが、突然、「炙り屋」の万木迅十郎に襲われます。彼の目的は平九郎たち「くらまし屋」にあるのではなく、依頼主の「部屋住み」たちにあるようで、彼が今回の連続殺人の犯人ではないかと、平九郎たちは推理します。
そして、くらまし先の「甲州」の山村に向けて出発した平九郎と蘭次郎を追って、「炙り屋」万木迅十郎、蘭次郎や右衛門を狙う者を殺す依頼を受けた「振」油屋平内が、道中で交錯するのですが、実は、この「部屋住み」の4人を狙っている人物は別にいて、しかもその正体は・・・という展開です。
この人物が4人を狙ったのは彼らの行った悪業にあるので、いくら商売とはいえ、彼らを助けないといけないのか、という疑問が読者のほうにも湧き上がってくるのですが、そこは筆者の腕の冴えで、悪事をなす輩はしっかり成敗される段取りになっているのでご安心ください。
さらに、冷酷な暗殺者というイメージをもっていた「炙り屋」万木迅十郎が、依頼主に対して人情深い措置をとるところで、印象が変わるのは間違いありませんね。

【レビュアーから一言】

今巻の依頼主となる旗本の「若様」たちは、次男坊、三男坊ながら、実家が裕福で、親が権力のある役目についているためなのか、養子先に苦労しない設定となっていて、ここらあたりは、坂井希久子の「居酒屋ぜん屋」シリーズの主人公で、鶯の飼育で家計を助けている「只次郎」の実家である百俵十人扶持の「林家」とは、格段の差があるようです。
ただ、こんなふうに養子の縁組先はある上に、それが決まるまでは家督を継ぐ修行も必要なく、放蕩し放題ってのは、あまりいい影響を当人に与えないのは、今も昔も変わりはないようですね。

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