「京人」と戦う「大江山の酒天童子」の真の勇姿、ここにあり ー 今村祥吾「童の神」

童の神

童の神

  • 作者:今村翔吾
  • 出版社:角川春樹事務所
  • 発売日: 2018年10月

酒呑童子、土蜘蛛、粛慎、狗神などなど、世の中を騒がした「鬼」や「怪物」たちを退治した「英雄」たちの業績は、数々の伝説やおとぎ話に残っているのだが、その「鬼」たちは本当に悪逆非道なものだったのか、という疑問をもったことはないだろうか。

そういう討ち取られた側、滅ぼされた側からみた「歴史の一コマ」を切り取った物語が本書『今村祥吾「童の神」』で、「童」というのは、「子ども」のことではなくて、「童」の字は「幸(入れ墨を施す針)」「目」「重(重い袋)」に分けられ、「目の上に墨を入れられ、重荷を担ぐ奴婢」を表していて、「みやこびと」である「京人」が土着の人を侮蔑していう呼称ということになってます。

【あらすじと注目ポイント】

物語の舞台は、平安時代。源頼光や、渡辺綱が活躍していた頃なので、西暦でいえば10世紀末の京都近辺を中心に描かれる物語で、まずは「安和の変」の顛末から始まる。ここで、「大江山の鬼」の頭目とされる「虎節」が源満仲の裏切りによって源頼光によって騙し討ちされるあたりで、この物語の「立ち位置」の違いを感じ取ることができる。ここでは、民衆の味方として扱われる安倍清明も心ならずも「京都人」側に組み入れられて、裏切りをした人間となってます。

物語の主筋は、これを発端に日蝕の日に越後で粛慎人の母と日本人の父の間に生まれ、安和の変で越後の流罪になった連茂によって剣の指導を受けた「桜暁丸」と、朝廷とその手先である、源満仲、渡辺綱、坂田金時、卜部季武らとの「闘争」が始まるのだが、桜暁丸の生まれ故郷である越後での「京人」の国司の収奪や、古代日本の大盗賊・袴垂保輔の貧乏人を助けるための盗みなど、あくまでも「京人」の悪行への「レジスタンス」として描かれています。

そして、その桜暁丸(「袴垂」と並ぶ義賊「花天狗」と称され、後に大江山の虎前の跡を継いで「酒天童子」となるのですが)の戦いは、愛宕山を治めていた「滝夜叉」、葛城山を拠点とする長脛彦・安日彦の末裔の「土蜘蛛」、粛慎(みしはせ)の末裔である大江山の「鬼」、茨木竜王山の「茨木童子」と連合した、京人(みやこびと)の組織する朝廷軍を苦しめることとなる。

そして、とうとう桜暁丸の連合軍は、源頼光たちの親玉で、朝廷を牛耳る「藤原道長」に対抗しようと目論む「三条天皇」と和議を結び、自治権を獲得する盟約を結ぶことに成功したと思われたが、和議を結ぶための上洛中、またしても、「京人」たちの奸計によって阻止され・・・といった展開です。

源頼光、渡辺綱たちは「鬼退治」で功績をあげた武将となってますので、桜暁丸たちに反乱は失敗に終わるのは「史実」なのですが、勝敗だけではない、日本人の好む「敗者の美学」「滅びの美しさ」を描く物語になってます。

【レビュアーからひと言】

この物語では、源頼光の部下で「鬼退治」で有名な渡辺綱の配下「坂田金時」いわゆる「足柄山の金太郎」が、

足柄山には、「やまお」と言われる者たちが住んでいた。文字は用いぬため、金時が「山尾」と字を当てた。一方で京人はその一族を「山姥」と呼んだ。男の首領を立てず、巫女が山神の神託を受けることで、一族を纏めていたことに由来するのだろう。
代々指導者である巫女は「やまき」と呼ばれた。字を当てるとすればおそらく「山姫」ではあるまいかと思う。京では圧倒的に男が優位であるが、山尾では女の地位が高い。その一族に生まれたのが金時であった。

として、「京人(みやこびと)」ではない、桜暁丸や粛慎、犬神や夜雀と「同類」の出身として描かれていて、経緯はあれど、そうした土着の民たちから離れ、「都」へ忠節を尽くさざるを得なくなった武人の複雑な心境が随所に描かれている。「都人」への抵抗者としての性格を鮮明に出しておけた桜暁丸よりも、むしろ、その苦悩は大きいと言ってよく、この物語のビターな味わいを深くしていますね。

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