鉄道建設を巡る殺人事件の謎を解け ー 山本巧次「希望と殺意はレールに乗って」

山本巧次

明治初期の日本を舞台に、鉄道敷設工事現場でおきる事件を、腕利きの元八丁堀同心・草壁と御家人の家の出身の鉄道省の技手・小野寺が解き明かしていく「開化鐵道探偵」シリーズの筆者が贈る、終戦間もない日本を舞台にした鐵道ミステリーが『山本巧次「希望と殺意はレールに乗って アメかぶ探偵の事件簿」(講談社)』です。

【あらすじと注目ポイント】

時代的には岸内閣の頃だが、まだ安保闘争によって世の中が騒然となっていない感じなので、昭和32年から33年頃に、長野県に敷設が検討されていた鉄道建設計画を巡っての殺人事件の顛末について、現代の出版社で、OBから若手編集者が回顧譚を聞く、といった滑り出しで、本編の主人公となるのは当時の売れっ子・ミステリー作家の「城之内和樹」が探偵役、相棒となるのは彼の担当編集者で、この物語の語り手・沢口栄太郎の二人。そして、「マドンナ」役を務めるのが、城之内が家を借りている元華族の一家のお嬢様「奥平真優(まひろ)」というラインナップです。
このお嬢様の実家は元子爵家なのだが、今まで所有していた土地の切り売りや都内の広大な屋敷の付属地の賃貸で生計をたてているが、昔の領地にいくとまだまだ「殿様」「お姫様」扱いされる、という終戦後間もない頃の雰囲気を残した設定になってますね。

で、事件のほうは長野県の南信濃の飯田と岐阜県を結ぶ鉄道線の建設が、奥平家の旧領のあった「清田村」を通過する計画が持ち上がっているのだが、その建設促進の働きかけに上京してきた村議会議員の一人・原淵が殺されているのが発見されます。この陳情のために、議員たちは働きかけのための経費として50万円を集めてやってきていて、殺された原淵議員が預かっていたのですが、その金は行方不明ということで、どうやら単純な強盗事件とも思えない様子です。

旧領があった村の危難を前に、奥平家の当主・憲明は、城之内にこの事件の解明を頼み、城之内は奥平家の娘・真優とともに清田村へ向うこととなります。そこに、城之内の原稿が遅れないよう監視のため、担当編集者の沢口も同行を命じられるのですが・・・といった筋立てですね。

この当時の鉄道は、第二次大戦の敗戦から日本が復興、そして高度経済成長へと向かおうか、としている頃ですので、人や物の輸送の中心として再整備が図られようとしていた時期です。自家用車は珍しくモータリゼーションの大流はまだまだ先のことですので、鉄道の敷設は、地域の隆盛に関わる大きな事業で、当然、そこには建設工事だけでなく、観光開発や公共工事などいろんな利権が渦巻くところですね。しかも、この清田村を通る路線は、この村の真ん中にある「恵那山」をはさんで、「恵那)方向にいく「恵那線」と中津川へ向かう「中津川線」の二つの計画があり、その駅は合併したとはいえ、仲のよくない「清宮集落」か「田上集落」かのどちらか一方につくることになる、といったことなので、地域の対立を煽る格好の計画路線となってます。

このため、二つの集落の対立とともに、土地を有している地主や、地元産業の中心の製糸工場の経営者、さらには建設予定地に土地を持ちながら鉄道には土地を売らないといっている村一番の頑固者など、いろんな人の思惑が交錯します。もちろん、この鉄道を使って一儲けを狙っているらしい名古屋の不動産屋も入り込んできて、といった感じ、まさに利権をめぐる「殺人事件」の匂いがプンプンするような展開となってきますね。
さらに、殺された原淵議員は、「田上集落」の出身者なのに、自分の集落の支持する「中津川線」ではなく、反対集落の「清宮」が指示する「恵那線」のほうの建設を応援していたことがわかるのですが、彼の意図はどこに?、といった感じです、

終戦後しばらく経ってはいるが、まだ戦争の記憶が残っていて、一方で高度経済成長への道筋が敷かれ、それに向かって動き始めた時代という様相を反映して、終戦間もない頃の「松代大本営」計画であるとか、鉄道敷設を巡っての政界の動きであるとかが謎解きのところで出てきて、鉄道ミステリーだけでなく、歴史ミステリーの雰囲気
も十分です、どちらのファンにも楽しめる仕上がりですね。

【レビュアーから一言】

この作者の「鐵道」シリーズは、鉄道にまつわるエピソードと並んで、マドンナ役を務めるキャストの挙動がアクセントになっていて、「開化鐵道探偵」では、先斗町の売れっ子芸妓あがりの居酒屋・峠屋の女将「おまつ」、「開化鐵道探偵ー第一〇二号列車の謎」では、小野寺の新妻で女学校出の才媛・綾子といった女性たちが登場したます。今巻は、元子爵家のお姫様「奥平真優」。彼女は、厳しい伯母の教育に辟易したた鬱憤を武道の修行で晴らしていたというお嬢様で、清田村で城之内たちと調査中、不動産屋の連れてきた無頼漢に囲まれた時、

そう思った瞬間、真優が動いた。目にも留まらぬような速さだ。えっと思ったとき、木刀は真優の手に握られていた。
木刀を奪い取られた男は、目を瞬いて真優を見た。起きたことが信じられないという様子だ。だが、男はすぐ立ち直り、真優に向かって嘲るように笑った。
(略)
男はなおも真優に迫ろうとする。殴れるわけがない、と決めてかかっているのだ。だが、それは大きな間違いだった、
次の動きは、ほとんど沢口の目に見えなかった。真優の腕は振り上げられ、瞬時に振り下ろされるのが辛うじてわかっただけだ。気がついた時、木刀は男の額に叩きつけられており、男は割れた額から夥しい血を噴き出し、そのまま俯せに倒れ込んだ。

と大暴れ。真優お嬢さまの豹変ぶりと暴れっぷりにはスカッとすること請け合います。

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