「立ちそば」は日本の誇るビジネス文化だ ー 今柊二「立ちそば春夏秋冬」

今 柊二

「立ちそば」というものにお世話になったことがない、と断言できるビジネスマンとは正直、あまりつきあいたくないな、と思っていて、ビジネスマンとしての経験の深さは、食べた蕎麦の丼やセイロの数に比例するってな偏見すら持っている。
そんなビジネスマンとセットともいえる「立ちそば」を、定食評論家であり、最近はスイーツ評論家でもある筆者が、数多くの店を実食してレポートしたのが、本書『今柊二「立ちそば春夏秋冬」(竹書房)』である。

【構成と注目ポイント】

構成は

はじめに 立ちそばは「風流」である

第1章 そよ風に吹かれつつ、そばをたぐるー春の立ちそば

東京・四谷「政吉」/東京・中野「デイリーチコ」/東京・神保町「小諸そば」春盛りそば(冷)/東京・渋谷「小諸そば」春盛りそば(温)/東京・渋谷「小諸そば」天丼セット/神奈川・戸塚「浜そば」/東京・経堂「箱根そば」竹の子親子丼セット/東京・町田「箱根そば」ミニ豚じゃがドンセット/東京・豊洲「箱根そば」桜海老のミニかき揚げと姫天そば/東京・町田「箱根そば」豚唐揚げと焼筍そば/東京・秋葉原「箱根そば」ミニ豚とろろ丼セット/岡山「あじわい/埼玉・春日部「東武ラーメン」

第2章 暑さで食欲が減退したときの命綱ー夏の立ちそば

東京・経堂「箱根そば」大山とうふそば 自然薯かけ/東京・神保町「嵯峨谷」/東京・国分寺「だいごろう」/東京・中目黒「吉そば」/東京・銀座「よもだそば」/東京・渋谷「一心庵」/東京・渋谷「小諸そば」ごまだれせいろ/東京・渋谷「小諸そば」大盛冷やし月夜のばかしそば/東京・渋谷「小諸そば」あなご天丼セット/東京・渋谷「小諸そば」和風冷麺/神奈川・武蔵小杉「味奈登庵」/神奈川・大船「大船軒」/神奈川・菊名「しぶそば」/神奈川・新イズ「浪子そば」/神奈川・桜木町「川村屋」/東京・町田「箱根そば」ミニうな丼セット/東京・町田「箱根そば」焼鯵丼セット/東京・田町「箱根そば」揚げ茄子煮びたし鶏そぼろ/東京・四谷「箱根そば」エビアボガドサラダそば/千葉・西船橋「めとろ庵」

第3章 旬の味覚が食欲をかき立てるー秋の立ちそば

東京・西葛西「やしま」/東京・五反田「ことぶき」/東京・渋谷「つけ蕎麦  たったん」/東京・成城「箱根そば」きのこと鶏だんごそば/神奈川・茅ヶ崎「箱根そば」鮭・いくら丼セット/東京・町田「箱根そば」舞茸+春菊天そば/東京・高田馬場「いろり庵 きらく」/東京・渋谷「一心庵」/東京・武蔵小杉「かしわや」/東京・渋谷「小諸そば」鴨丼セット/東京・渋谷「小諸そば」大盛り月夜のばかしそば/神奈川・野毛「越」/神奈川・横浜「相州そば」

秋の”練り物天”大会
神奈川・新丸子「山七」ソーセージ天そば/神奈川・上大岡「蕎麦〇」ちくわ磯部揚げ天ざる/神奈川・長津田「しぶそば」魚肉ソーセージの磯揚げそば/神奈川・藤沢「新月」ミニそば+ちくわの磯部天

第4章 寒さからの生命復活装置ー冬の立ちそば

東京・市ヶ谷「瓢箪」/千葉・我孫子「弥生軒」/東京・自由が丘「そば新」/東京・四谷三丁目「つぼみ家」/東京・経堂「箱根そば」肉ちからそばゆず故障のせ/東京・成城「箱根そば」牛すき丼とミニかき揚げそば/東京・経堂「箱根そば」貝柱のミニかき揚げと春菊天そば/東京・経堂「箱根そば」海老&かき揚げ丼セット/神奈川・新横浜「もへじ」/神奈川・横浜伊勢佐木町「和そば」

第5章 こんなところで・・・変化球そば
東京・町田「大戸屋」/神奈川・茅ヶ崎「大麦食堂DEN」/東京・東十条「そば清」

街そばで食べるとき
①遅い昼食編~東京・本八幡「そばしん」/②打ちあわせそば編~東京・三鷹台「やぶそば」/③先輩とそば編~神奈川・中央林間「天龍」、千葉原木中山「厚木そば」

第6章 学食そば巡り〜学食と侮るなかれ!
東京大学/慶應義塾大学/明治大学/東洋大学/國學院大學

第7章 うどん大会・・・いろんな場所で、いろんな状況で
神奈川横浜伊勢佐木町「讃岐うどん てんこつ」/大阪・江坂「めりけんや」/千葉・幕張「丼どん」/神奈川・相模原「丸亀製麺」とろ玉うどん/神奈川・新横浜「丸亀製麺」釜揚げうどん/東京・町田「味の民芸」/東京・白山「はま寿司」/神奈川・藤沢「どん吉」/東京・東山「うどん博物館」

【コラム】
春の立ちそばの季語/夏の立ちそばの季語/秋の立ちそばの季語/冬の立ちそばの季語

関西立ちそばの雄「阪急そば」のチャレンジ
 大阪十三「ポテそば」/大阪・梅田「和風中華そば」
「箱根そば」は季節そばの天才である
関東の雄「増田屋」VS関西の老舗「力餅食堂」
 東京・吉祥寺「増田屋」/京都・河原町「力餅食堂」

【ちょっとぶれいくたいむ】
東京・渋谷「日清ラ王 袋麺屋 渋谷店」
神奈川・武蔵小山「ポッポ」

あとがきにかえてー瀬戸内海の島々を見つつ、潮風に吹かれて食べる思い出のうどん

となっていて、全体で80品以上の立ちぐい蕎麦の名品が掲載されています。ここで嬉しいのは「立ち食いそば」というジャンルだけあって、畏まった「老舗の蕎麦店」と違って、誰でも気楽に入店できるいう「強み」が如何なく発揮されているところで、さらには「そばを食する」に「まずはのっかっているかき揚げを砕いてつゆにしばらくつけておく。そうするとかき揚げ阿「サクサク」と「しっとり」の中間バージョンになって、それがすごくおいしいのだ」といった、マイ・ルールが自由に適用できるところでもありますね。
本書に掲載されている店を取材しているのが2015年の頃なので、景気や外出自粛の影響で店の様子も変わっているかもしれないのですがが、例えば「春」の項の東京・豊洲の「箱根そば」の「桜海老のミニかき揚げと姫竹天そば」は

丼上にはかき揚げ、姫竹の天ぷらが2つのっていて、後はワカメとネギが添えられている。まずはおつゆ。いつものように甘めで優しいおいしさ。大盛りにしたので結構な量だな。温かいそばだとかき揚げが勝手にほどけていき、おつゆと徐々になじんでいく。かき揚げの中に入った桜えびはカラッと上がっていて、とても香ばしく、まるで静岡から東海道を見ているような気分になる。桜えびと言えば、静岡だからね。
そして、姫竹。これは柔らかくかつコリコリしていておいしい。

といった風に春の息吹を届けてくれるし、「夏」の項の東京・渋谷の「小諸そば」の「大盛り冷やし月夜のばかしそば」は

奥の端っこの席に座り、まずネギと揚げ玉を投入し、めんつゆを全体にかけ、グルグルとかき回す。大きなお揚げ、キュウリの細切り、とろろ、うずらの玉子も入っている。うずらの玉子が「月夜」を表しているわけだ。
甘さを抑えためんつゆがシコシコの細麺と絡み合い、それに揚げ玉のサクサク、ネギのシャリシャリ、そしてトロロのトロリ感が加わり、なんとも奥深い味わいを醸し出している。

といった感じで、夏の食欲減退期に「活」をいれる勢いを持っている。さらに、「秋」の項の神奈川・横浜の「相州そば」の「おにぎり二個とおそばのセット」では

さあ、食べるか!まずはそばからいってみよう。ワカメ、揚げ玉、ネギがたっぷりと入っている。麺は太い茹で麺で近年なかなか出会おうことのできない、直球ストライクの立ちそば的な麺。さらにおつゆがとても熱くて、そしてアジは強い強い醤油系。これはなんとも「古式」な立ちそばだな。

といったように、昔ながらの「立ちそば」に出会うことができるし、「冬」の項のの「箱根そば」の「肉ちからそばゆず胡椒のせ」は

では早速いただこう。くるくるとかき回して、最初はおつゆから。ああ、やや甘めの「箱根そば」特有のおつゆがとてもおいしい。続けて餅をグッとそばの下にやり、おつゆに浸しておいて、そばから食べる。上にのった豚肉はふりかけご飯のおかずとしても運用できてじつにいいね。
かくしてそばをもりもり食べたところで「そろそろかな」と餅を引っ張り出してみる。案の定、おつゆの中で半分トロトロになりつつ、揚げてあるのでお餅の原型をとどめている状態。・・・のどから胃に滑らかに落ちていく感じも実にいい。

といった様子で、蕎麦の中に、日本の四季の移り変わりを感じることのできるお店が紹介されているので、近くを通りかかったら、「あぁ」と寄ってみるのがよろしいかと思います。当方的には、「立ちそば」探訪は、店の場所を検索して、時間を調整して、といった来店の仕方はちょっと筋が違うかなと思うところですね。あくまで、さりげばく、自然体がよろしいかと。

このほか、第五章の「こんなところで・・・変化球そば」では、定食屋チェーンの定番「大戸屋」の「せいろ蕎麦」とか、第6章の「学食そば巡り〜学食と侮るなかれ!」では、量は多いのが条件のような学食の中で存在感のある、蕎麦+カレーのセットメニューなど、キラリと光る「逸品」を見出すことができるのであります。

全体を通じて「箱根そば」「小諸そば」といったチェーン店が目立つのですが、「立ちそば」という旨くて、リーズナブルでお手軽といった「文化」が創造されたのは、こうしたチェーン店のおかげもあるので「よし」としましょう。

【レビュアーからひと言】

今回の「新型コロナ禍」がもたらした「リモートワーク」によって一番失われてしまったのは、得意先まわりや出張先でのアポイントの隙間を縫って立ち寄って、隣のビジネスマンに遠慮しながら食す「立ちそば」の持っていた、あわただしいが、それゆえの「美味さ」に代表される庶民的なビジネスマン文化ではないでしょうか。「新しい生活様式」や「新しい働き方」が普及しても、この文化は復活してほしいものだと思いますね。

Bitly

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