東村アキコ「雪花の虎 2-4」-景虎の将才は心ならずも「兄」を当主の座から追い落す

「越後の虎」あるいは「越後の龍」と称され、「甲斐の虎」武田信玄とがっぷり四つで死闘を繰り広げ、「風雲児」織田信長を怖れさせ「軍神」でありつつも、生涯、妻を娶らず、子もなさなかった、「義」に厚い武将「上杉謙信」が実は女性であったという、驚きの設定で展開する戦国の物語が『東村アキコ「雪花の虎」』シリーズの第2弾から第4弾。

前巻で、女性に生まれながら、嫡男の軟弱さに我慢できない実の父親に槍・刀・馬の技をたたきこまれ、さらには当時、武将の教育の定番であった「禅寺」への修行にも生かされて、「姫武将」として育てられてきた「虎千代」なのだが、父の死によって、本格的に「武将」としての活躍を開始し、持ち前の将才で反対派の国衆や謀反を企てる老臣を、兄のために討ち滅ぼしていくのだが、これがかえって兄の当主としての未来を閉ざしていくことになります。

【構成と注目ポイント】

第2巻の最初のほうで、虎千代の武将としての才能を見抜き、彼女を姫武将として育つ道を開いた父・為景が死去します。

信玄の父の信虎が家臣や息子に叛かれことに比べれば、主君にあたる上杉家の当主たちを討って越後の支配権を奪い取ったり、周囲の国衆を圧迫して領土を拡大したり、結構乱暴なことをやっているのですが、菩提寺の住職の墓の場所や家の行く末を相談したりとか、準備周到に死ぬ準備をし、死ぬ間際は今まで斃した相手や部下が迎えにきて、葬儀では、甲冑姿に身をかためた「虎千代」に見送ってもらったり、とまあ、「大往生」(?)ではあります。

そして、今回、虎千代は「初潮」を迎えたり、父だけでなく、母の病死、父親が行った強権的支配に対し周辺の国衆たちが反感をもっている「栃尾城」に城代として赴任するといった「人生の転機」に直面します。
ここで、自らが女性であることを正直に打ち明けて、城内の武将たちの娘や郎党の信頼をかち得えるなど、彼女らしい「天衣無縫」さが活かしているところは見事な「若殿』ぶりですね。

彼女が「童子」とみて侮って攻めてきた「揚北衆」を撃退する戦で、歴戦の武将である「本庄実乃」すら思い及ばなかった「馬」の数から「小荷駄」の数を推測し、揚北衆の戦意まで見抜いてしまうあたりは、「軍神」としての才能の片鱗がすでに現れているようです。

で、この越後の北の要「栃尾城」に入り揚北衆などの不満分を鎮圧したことで、兄・晴景が病弱で、女好きで、武士らしいことが嫌いなこと(こう書くと彼の暗愚さが強調されてしまうな)に、不安と不満を抱いた旧臣の黒田秀忠の謀反を呼び起こしてしまいます。さて、虎千代はこれに対し、さらなる将才を発揮し、ということで、彼女の見事な采配が楽しめます。さらに、裏切り者への峻烈な処分のあたりは、彼女の「気性の激しさ」を感じてしまいます。

そして、この彼女の「武将」としての優れた才能が、兄・春景との対立に心ならずもつながっていきます。
越後は、晴景派と景虎派に分かれ対立することになるのですが、勢力的には、当主の晴景派は上田の長尾政景を中心に阿賀北、魚沼あたりにとどまり、景虎派が優勢な状況です。まあ、揚北衆を蹴散らしたり、黒田秀忠の反乱をあっという間に沈めてしまったうえに裏切りに対しては苛烈な態度で臨む「景虎」の姿をみれば、お家存続を願う武家にしてみれば無理のない対応かと。
通常の歴史なら、ここで兄弟が血を地で洗う争いとなるのですが、このシリーズでは、兄・晴景は権力欲もなく、優しい人柄なので、景虎と争う気はありません。しかし、彼を支持する者たちにそんなことは通じず、このままでは景虎が暗殺されてしまうという危惧から、彼は手勢を集めて、景虎を屈服させることによって、彼女を守ろうと決意します。

ここで、内乱状態を見かねた守護の上杉定実が仲裁に入り、景虎を晴景の養子にすることで、両派をおさめようとするのですが、春景は承知しません。養子にし家督を譲れば、景虎を戦乱の中に引きずり出すこととなり、おそらくは母と妹・綾の望みを無視することになるからでしょうね。

しかし、ここで春景の馴染みの遊女・お凛が訪ねてくることで、事態が大きく動きます。彼女は晴景の子どもを身ごもっていて、晴景と景虎の仲を仲裁するつもりで、景虎から託された「晴景あての密書」を懐に、揚北衆の中条が推挙した小姓とともに、晴景と会うのですが、実はこの小姓・正助の狙いは・・・という展開の先は本書のほうでご確認を。
この後、再度、上杉定実の調整により、春景は隠居、長尾家の家督を「景虎(虎千代)」が継ぐこととなり、「上杉謙信」時代の到来ですね。

【レビュアーからひと言】

今回は、謙信の生涯のライバルとなる「武田信玄」と父との葛藤のシーンがでてきます。信玄の父・信虎は勇猛な武将として知られ、戦上手でもあったようですが、その乱暴で残額な性格と、領地の百姓たちがのべつ幕なしの戦に駆り出されてしまうことで農地が荒れ窮乏してしまっていることに気付かないため、息子や家臣たちに見放され、国外に追放されてしまいます。
美濃の斎藤道三・義龍親子や、尾張の織田信長・信行兄弟のことを考えると温情ある措置なのですが、

このシリーズで信玄は、すごく怜悧な感じで描かれているので、なんか裏がありそうな気をもたせてしまうのは、彼の損なところかもしれません。

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