定年過ぎたら日常の些末事にこだわれー東海林さだお「定年からの男メシの作法」(SB新書)

サラリーマンをしている男性は、定年を迎えて自宅にいるようになると、とたんにすることがなくなるか、趣味の世界にどっぷりと浸ってしまって、という二極の世界にはいることが多いのですが、どちらの世界に行くにせよ、日々の「三度のメシ」という問題から逃れることはできません。

おまけに、勤めている間は、同僚であったり取引先とであったり、複数で食することの多かった昼食や夕食も、奥さんと二人きりで途端に小人数になったり、昼食に至っては、毎日の料理を奥さんに嫌がられたりと、こと食事に関しては、苦難が生じてくることが多くなるのは間違いないところでしょう。
そんな男性の定年後のメシ事情や役に立つか立たないかわからないが面白いのは間違いないエッセイを綴ったのが本書『東海林さだお「定年からの男メシの作法」(SB新書)』です。

【構成と注目ポイント】

◇構成は◇

はじめに
第1章 定年からの外メシの作法
スパゲティはむずかしいぞ/ラーメンスープの残し方/手塩にかけた焼き肉/
再びがんばれ!デパート大食堂/鰻重の作法/こう食べないと寿司じゃない/
おじさん”スタバデビュー”す/ソフトクリームの夢/
シーハほじってどこが悪い
第2章 定年からの家メシの作法
とろ玉のドローリ/卵かけご飯の次は醤油かけご飯だっ/立ち上がれ、味噌汁/
ツユダボの冷やし中華/小倉トーストだなも/プリンのヌメヌメ/
地球滅亡の前夜に「最後の晩餐」
第3章 定年からの旅メシの作法
ど「阿呆列車」は行く/500ml缶の男/久しぶりの機内食/味つけ海苔の奮闘/
サラダバーとおやじ
第4章 定年からの酒場メシの作法
新生姜の香り/焼き鳥各部論/ガンバレ、筋子/ヌタ好き/
愛しのたたみいわしよ/プロジェクトチーム「土びん」/
楽しいぞ、イカ徳利/ホテルのバーはこわい

となっていて、「自宅とその周辺」「旅行」「酒場」と、仕事をリタイアした男性陣が過ごす大半の場所における「メシ」についての話が綴られています。

◇外メシと家庭メシでの定年オヤジ◇

ただですねぇ、本書で語られている話が、定年過ぎた男のグルメ日記とか、粋な居酒屋の話だとかをあてにするとそこは全く違っていて、「ラーメンスープの残し方」では

何時もスープを全部、飲み干したいと思っているわけではない。いつも程のよいところで箸を置きたいと思っている。
のだが、その程のよいところの判断がとてもむずかしい。
丼の底3センチぐらいのところになって、ここでやめよう、そう思って箸を置きかけ、スープの表面をなんとなく見つめているうちに、もう一口いくか、と思い直してもう一口飲む、なんてことはしばしば

というラーメン屋の大問題に直面したり、「鰻重の作法」では

ぼくもおばさんのように、常に重箱の底の清潔を保ちつつ食べてみようと思った。
やってみて、″清潔を保ちつつ″がいかに困難かがようくわかった。
食事廃棄物の処理が忙しくて食事どころではない。
最初のうちこそ箸の先で左側に片寄せていたが、生半可なことではすまされないほどの産業廃棄物ならぬ食事廃棄物が次から次へとたまっていくのである。
鰻丼を食べているときは、″丼の中がちらかっている″と感じたことはないが、鰻重だとなぜちらかってる感が強いのか。

というおそらくはウナギが2枚以上入っている「梅」ランクより上の「鰻重の片付け方問題」に出会ったりしてますね。

◇予定のない「旅」に戸惑う定年オヤジ◇

さらに定年後の暇を持て余した末の、内田百閒の「第一阿房列車」にあこがれた「旅」でも、

自由席だというのにガラガラに空いていて、一車輛に乗客は十四名。
座席にすわつてコートを脱ぎ、荷物を棚に上げてヤレヤレと落ちつき、列車が動き出したのだがなんだかうしろめたい。
このうしろめたさは何だろう。
考えてすぐ思いあたった。
用事もないのに列車に乗り込んでいる、といううしろめたさであった。してはいけないことをしている痰しさだった。

と「無為」の旅に全く慣れていない、「貧乏性」なところをさらけ出してしまったりするのである。

◇居酒屋で突然グルメの定年オヤジ◇

さらに居酒屋となるとまさに混乱の極みで

大抵の人が、どういうわけかまずぶつうの焼き鳥から食べ始めますね。いきなリレバー、という人はあまりいない。
業界ではふつうの焼き鳥を正肉というらしいが、大抵の人がネギと鶏肉の正肉からいく。
「最初が肉で次がネギ」という店が多いが「最初がネギ」という店もある。でもやっぱり「最初が肉」のほうがいい。最初がネギだと、
「ネギ食いにきたんじゃねえや」と言いたくなる。
肉の一片には必ず皮がついていて欲しい。皮の含まれていない一片は実に味けない。そして、正肉はやっぱり塩でいただきたい

とまあ、突然の「グルメのこだわり」を見せてしまうんでありますね。

このあたり、「どうでもいい」っちゃどうでもいいが、こだわりだすと意固地に、頑固のなってしまう「オヤジ」の姿が目に浮かぶようです。

定年を過ぎた男性の中には、めっきり老け込んでしまう人もいるのだが、それは社会との関係が極度に薄くなってしまうことに原因があるようにモノの本には書いてある、かといって、急に趣味をもったり、ボランティアに出ろと言われても、今まで忠実なサラリーマンとして働いてきて、若いモンからは「社畜」と陰口を叩かれるフツーの定年オジサンには無理なことが多い。せめて、本書にならって、日常のつまらないことに大げさにこだわって生きてみると、案外面白いかもしれません。

【レビュアーからひと言】

正直なところ、”うはうは”といつもの「東海林さだお」節に乗せられて読んでしまうのですが、「こんな教訓が得られますよ」とか「こんな業界の裏話が聞けますよ」ってなことは全くありません。全く・・です。そこのところはご承知おきを。
ただ、何の予定もなくぼんやりとしているのだがなんか心がざわざわする時によむ、妙に平穏な気持ちになってくる一冊なのは間違いないですねー。

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