掘り出し物原稿には親娘の哀しみが隠れていたー大崎梢「クローバー・レイン」

明林書房の出版社営業シリーズ、成風堂書店シリーズなど、「本」に関連した業界の「お仕事ミステリー」を著している筆者が贈る千石社を舞台にした大手出版社の「お仕事」シリーズの第3弾が本書『大崎梢「クローバー・レイン」(ポプラ文庫)』です。
スクープ週刊誌、ティーン向け女性ファッション誌、と続いたところで、今回は、出版社の中核でエリート・セクションともいえる文芸誌の「編集部」を舞台にして、偶然発見された掘り出し物の「書き下ろし原稿」をめぐって、それが刊行するまでの山あり谷ありのストーリーが展開されます。

【あらすじと注目ポイント】

物語のほうは、大手出版社の千石社の文芸誌の編集部に勤務する「工藤彰彦」が、昔は小説の新人賞を受賞して花形であったのだがその後いい小説が書けずに落魄している作家の持ち込み原稿を断り、さらに、小説の新人賞の授賞式のパーティーで人気の落ちているベテラン作家「家永嘉人」がひさびさのパーティーの雰囲気にのまれ酔っ払ったのを介抱する、という「しょっぱい」場面からスタートします。

最初に登場してくる二人とも、今は売れていない作家という設定で、今の出版業界、特に純文学などの出版環境の厳しさが描かれています。

そうしたところで、酔っ払った家永を連れ帰った自宅で、彼が書き溜めていた小説を発見し、読んでみると相当の感動作。「彰彦」はこの「シロツメグサの頃」をぜひとも出版したいと無理をいい、原稿を預かるのですが・・・、という展開です。

当然、最初のほうで描かれているとおり、昔の人気作家の原稿が簡単に出版にこぎつけられるわけもなく、相当の苦労が待ち構えているわけですが、彰彦は編集部の他のメンバーや当初は敵対していた同じ会社の腕利き若手営業マンからの協力、ライバル出版社の社員の変化球的なアシストといった応援をえて、出版へ向けて動き出していきます。このへんはサクセス・ストーリー的な「お仕事小説」に仕上がっていて、大不況下の出版業界にありながら、「本」や「雑誌」に夢を託す「出版人」の姿が心地良く感じます。

もちろん周囲の協力を得るのはそう簡単ではなく、今まで会社の陽の当たる場所を歩んできた「彰彦」がぺしゃんこにされ、反省の末に活路を見出すあたりは、ビジネス書っぽい仕上がりになってますので、そこのところもお楽しみ、というところですね。

一方、この「シロツメクサの頃」の出版にはもう一つ難題があります。それは作中に引用されている「詩」があって、その詩の掲載許可をとらなきゃいけないのですが、作者は、現在絶縁関係にある家永の娘の「冬芽」。彼女から掲載許可をとろうとする彰彦はなのですが、かなり強めの「拒否」にあいます。さてのその意味するところは?親娘の間のわだかまりをときほぐすことができるか・・・、といった展開が並行して展開していきます。

作家の家永の娘・冬芽は、家永が浮気した女性との間にできた子供で、その浮気した女性は、当時の家永の本妻を追い出すように妻の座を獲得していて、という境遇で、娘の冬芽は、略奪愛の当事者ではないのだが、自分の存在が本妻を追い出したことにつながったのでは、と気に病んでいて、という設定です。

ここに、彰彦の家庭の方も事情が伏線としてからんできて、彼には腹違いの叔父がいて、その存在が彼の実家でもわだかまりのように存在しているのですが、彰彦自体はその叔父のことを「兄貴分」のように慕っている、という事情です。

この二つの家族模様がシンクロするように語られ、そこに彰彦と冬芽の静かな恋物語も進んでいく、というまあ結構な欲張りな展開になっているのですが、筆者の軽めの筆致がそれらをまとめながら話が進んでいくので、抵抗なく読める仕立てになってます。

【レビュアーからひと言】

千石社を舞台にした「お仕事シリーズ」の「スクープがおまちかね」「プリティが多すぎる」「彼方のゴールド」という作品の主人公は、どれもがその部署の新人で、仕事を覚えるドタバタや取材先とのトラブルといったことで追いまくられている日常のコミカルなところが特徴でもあったのですが、今回の「クローバー・レイン」の主人公は、文芸誌の編集部で経験年数は浅いながら、全くの新人ではなく、すでにいくつかの実績を上げているという立ち位置なので、業界ドタバタものの風情は今回は少ないです。

ただ、反面、昨今の出版不況のあおりをモロに受けているセクションなので、いい原稿があっても本がなかなか出版できない苦労とか、売れない作家の悲哀とかいったところがビビッドに描かれていて、心に沁みてくる作品に仕上がっています。

([お]13-1)クローバー・レイン (ポプラ文庫)
編集者の彰彦は、落ち目の作家の原稿を本にすべく、会社の反対にもめげず奮闘する。本にかかわる人々の思いに胸が熱くなる物語。

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