割かれた「家族のつながり」の修復の物語ー大崎梢「よっつ屋根の下」

「明林書房」「成風堂」シリーズといった書店ミステリーや、「千石社」を舞台にした出版社「お仕事」シリーズなどの、軽妙なタッチの日常ミステリーの名手である筆者による一風変わった「家族のつながり」をテーマにした物語がこの『大崎梢「よっつ屋根の下」(光文社文庫)』です。
「単身赴任」は日本独自の風習だそうですが、病院の医療事故を糺そうとする、その病院の勤務医で内科医の父親が隠ぺいを目論む病院側の反撃で、都内にある病院を追われ、銚子の病院への転勤を命じられます。父親は妻。息子、娘についてきてほしいと言うのですが、都内を離れることを頑強に嫌がる妻によって父と息子、母と娘がそれぞれ、千葉と東京に分かれて暮らすという変則型単身赴任に始まる物語です。

【構成と注目ポイント】

構成は

海に吠える
君は青い花
月と小石
寄り道タペストリー
ひとつ屋根の下

となっていて、第一話の「海に吠える」は、長男・史彰の物語です。都会の小学校に通っていて、成績もよく「中学受験」が間近いところで父親について千葉・銚子にやってきた彼が戸惑いながら、田舎の人々や生活に受け入れられ、そこで居場所をつくっていく姿が描かれます。

ただ、父親が銚子へ飛ばされた経緯というのは、史彰の心の中にも陰を落としていて、加えて、都内に残ってほしい、有名中学に入ってほしいと嘆願した母親の頼みを断って銚子へ来ているので、心残りもあるというところです。
地元の小学生たちの仲間に入れてもらい、焼き芋バーベキューに参加したり、地元に溶け込んできたと思った矢先、父親に対する心ない噂があることを同級生に告げられ・・といっう展開です。

第二話は、今回の家族が別れて住む原因となった父親・滋の物語です。彼は栃木出身で、北陸にある大学の医学部を出て内科医となったという経歴で、薬剤会社の重役をしている妻の父親のコネクションで都心の病院の内科医として働いていた、という設定です。ここでは、彼とその妻との馴れ初めが語られるのですが、裕福な家の生まれ育ちで、美人で取り巻くも多いという妻・華奈を、貧乏医学生であった滋がどうやって振り向かせることができたのか、といったところが描かれるのですが、ここではその理由は謎のままになってますね。

第三話は母親・華奈の物語です。一見、裕福で何の不自由もなく成長してきたように見える彼女が抱える幼い頃の、父親の浮気相手の女の子の記憶を軸に語られます。この話は第二話とセットにして読むとよくて、父親とは真逆の男性を結婚相手に選んだ、彼女の「父親へのこだわり」「家へのこだわり」を象徴しているような話になってますね。ここで、最終話で彼女がフィンランドへのインテリアデザイン修行にでかける前ぶりがされているので覚えておきましょう。

第四話は、妹・麻莉香の高校生時代の物語です。時間軸のほうは、平山家が別れて住み始めてから8年ほどが経過しています。父親の勤務先は銚子の病院で、あいかわらず母親・果奈は、家のある白金で暮らしているようですが、物語の当初、小学6年生だった史彰は、地元の公立高校に進学していて東京へは帰っていないようですね。で、この話のほうは、麻莉香の憧れている同級生が、学校で禁じられている「クラブ」へ出入りしているところを撮影した写真がばらまかれ、彼女がその犯人と疑われる事件の顛末が描かれます。ここで、彼女は父親の転勤の原因をつくった医者の娘と出会い、彼女の話を聞くことによって、銚子に移った父兄に同行しなかったことへの自分の後悔を浄火することに成功します。

最終話は、第四話よりさらに2~3年後。麻莉香は札幌の大学の医学部に進学し、史彰は千葉の大学に在学中。父親の滋の銚子の病院勤務も10年超となったのだが、妻とは以前別居中、ということで、本書の表題どおり「4つの屋根の下」で家族が別々に暮らしている、という状況です。ただ、今までと様相が変わってくるのが、兄妹が、母親たちが隠している祖父の隠し子の話をつきとめたり、今まで家族を縛ってきた「しきたり」あるいは「旧家の軛(くびき)」といったものがだんだんと緩んできた、家族四人を自由にし始めている気配が漂ってきています。そして、とうとう母親がある決断を下すのですが、それが実現すれば、今まで家族をつないでいた
「白金の家」を手放すことになります。さて、家族4人の決断は・・・、という展開です。

少しネタバレをすると最終話の表題「ひとつ屋根」で再び家族4人が一緒に暮らすと思ったあなた、・・不正解です。真相はもうちょっと驚く展開になってますので、原書のほうでご確認を。

【レビュアーからひと言】

この物語で対照的に描かれるのが、いろいろなトラブルはあるにせよ、新しい希望と開放感があふれる、父と息子の暮らす千葉・銚子と、粘るような人間関係と暗いイメージが漂う東京・白金です。束縛の象徴でもあった、白金の家が、一番最後のところで「家族の根っこ」的なものへと変化するのが印象的なので、その変化を追って読んでみても面白いと思います。

よっつ屋根の下 (光文社文庫)
よっつ屋根の下 (光文社文庫)

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