文庫売り・北一の岡っ引き見習い始まるー宮部みゆき「きたきた捕物帖」

宮部みゆき

宮部みゆきさんの時代ものというと、「はつものがたり」の回向院の茂七親分をはじめ、世の中の裏表を知っていて、酸いも甘いもかみ分けた、頼りがいのある岡っ引きたちが登場してくることが多いのですが、そういうタイプとは全く違う、「文庫」の振り売りで暮らしをたてていて、若造であるため十手なんぞは持たせてももらえない青年を主人公に繰り広げられる「捕物話」が、本書『宮部みゆき「きたきた捕物帖」(PHP)』です。

【構成と注目ポイント】

構成は

第一話 ふぐと福笑い
第二話 双六神隠し
第三話 だんまり用心棒
第四話 冥土の花嫁

となっていて、物語は、主人公・北一が世話になっている深川元町の岡っ引き、文庫屋の千吉親分が急死するところから物語は始まります。たいていの捕物帖であれば、この千吉親分の死は侍に斬られただの、路傍に倒れていたのが見つかっただの不審な臭いがあるもののなのだが、本書の場合は、自分が買って調理した「ふぐ」にあたって死んだ、というなんとも景気の悪いものです。さらに、この文庫屋の跡目は子分の一人・万作が継ぐのですが、十手のほうは親分の遺言で継ぐものがいない、というなんとも奇妙なはじまりです。

第一話の「ふぐと福笑い」は、主人公の北一が、親分が亡くなった後も文庫の振り売りを続けることになったのですが、文庫屋の後を継いだ万作のつれあいの「おたま」の意地悪ぶりとか、北一が親分の急死の知らせを聞いたときに知り合った旗本の下屋敷の留守番のお侍との出会いや、親分の眼の見えないおかみさんの様子であるとか、物語の主要な人物登場がメインです。呪いのかかっている「ふくわらい」がもたらす商家におきた禍をはらうためには、おかみさんがふくわらいの目・鼻・口といったパーツをきちんと配置する必要があるのですが、目の不自由なおかみさんがどうやってやったのか、というあたりは」ほぅっ」と唸らせます。

第二話の「双六神隠し」は、近所の武部先生の手習所に通っている「松吉」という男の子が行方不明になる事件から始まります。同じ手習所に通う仲のよい友だちによると、その子が行方不明になった原因というのが、同士で、道端に落ちていた古ぼけた「双六」で遊んだのだが、そのコマの中の「かみかくし」というところに、松吉がとまったせいだ、と主張します。この双六には、ほかにも「おおねつ」「きんさんりょう」「えんまのちょう」や「つきあたり」といった奇妙なこまがあったと彼らは言います。

この行方不明事件は、数日してから松吉がひょっこり帰ってくることで解決するのですが、松吉は行方不明になった間、どこかで飯を食わせてもらっていたようですが、詳しいことは覚えていません。そして、その後、「きんさんりょう」というところにとまった魚屋の倅・丸助の家に小判三料が投げ込まれという出来事がおき、ついには「えんんまのちょう」というところにとまった大店の笹川屋の跡継ぎ・仙太郎が行方不明になり・・、という展開です。ここで不思議なのは、仙太郎の親の笹川屋の主人と女将があまり騒いでくれるな、と冷静なことで・・といったところが事件の謎をとく鍵ですね。

第三話の「だんまり用心棒」では、まず女癖が悪くて、玄人だけでなく、あちこちの十条な素人娘を泣かしている大店の菓子屋の次男坊が登場します。彼が手を出して娘を妊娠させた小さな糸屋から、北一の長屋の大家・富勘が頼まれて揉め事解決に乗り出す、という始まりです。ところが、この若旦那、反省していないどころか自分の非を全く認めず、自分の子であることも認めようともしない態度に、富勘が彼を懲らしめるために講じた策は・・・、というのが一つ目の山場。

それから数日してから、千吉親分の旦那であった同心・沢井の若だんなから、深川の新開地の地主の離れの床下で見つかった「白骨」を掘り出してくれという呼び出しがかかります。ぼろぼろに崩れそうになっている骨を掘り起こすと、一緒にみつかったのが烏天狗の根付。そして、この根付とそっくりな刺青をしている男が場末の湯屋の釜焚きをしているという情報を手にするのですが、というの二つ目の山場。

そして、一つ目でてきた女癖の悪い若旦那の逆恨みをかって、彼と彼の悪友に誘拐・監禁された「富勘」を「北一」が救い出すのに、二つ目で出会った湯屋の釜焚きとの縁が生きてくるのですが・・・という展開です。

第四話では、千吉親分と懇意にしていた味噌問屋「いわい屋」の縁談でおきた揉め事です。ここの跡取りの万太郎は、十数年前に、惚れ合って一緒になった幼馴染の先妻を亡くしてからずっと独身だったのですが、ようやく再婚する話がまとまります。その祝言の席に、見ず知らずの若い女が、自分は亡くなった先妻の「お菊」の生まれ変わりだと名乗り出てきたことから騒動が始まります。

もちろん最初は、味噌問屋の財産目当てに、この女が詐欺を働こうとしているのだろうと皆が疑いますが、彼女の口から出る、万太郎とお菊が一緒に暮らしていた時の話や、幼いころの思い出話はすべて本当のことばかり。

さらには、彼女の正体を暴いてやると言っていた万太郎の乳母や、万太郎の母が、この味噌問屋に伝わる守り神のたたりで急死してしまいます。さて、この生まれ変わりは本当なのか、という謎を、千吉親分のおかみさんの助言を聞きながら北一が解き明かそうとするのですが・・・、という展開です。

【レビュアーから一言】

本書の読みどころは、本人自体は頼りない「北一」が、千吉親分の目の不自由なおかみさんの鋭い推理とアドバイス、旗本屋敷で用人をしていて、便利屋のようになんでもできる「青海新兵衛」、北一の住む長屋の大家で、おせっかいの「富勘」、ざんばら髪で薄汚いなりをしているが、実は忍び働きもできる場末の湯屋の「釜焚き・喜多次」といった人たちの助けを借りながら、よたよたとしながらも事件の真相に迫って解決していくというところでしょう。ひさびさに助けてやりたくなるような主人公の登場です。

そして、江戸の町を脅かす怪事や、幕府を揺るがす陰謀もなく、江戸の市井の「日常の謎」が人情話とともにほどけて解決していくところもよろしいようで。

おまけ)

表題の「きたきた物語」の「きたきた」の意味は今のところ明らかになっていないようです。一つ目の「きた」は、主人公「北一」の「きた」として、もう一つの「きた」は三話目に登場した釜焚きの喜多次の「きた」かな、とも思ったのですが、ちょっと彼の役目が重すぎるかも。あるいは、単に面白い物語が「来た来た」なのか、妄想の広がるところであります。

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