<悪用厳禁>脳科学とマーケティングのコラボが最強に面白いー中野信子×鳥山正博「ブラックマーケティング」

「不倫」や「いじめ」といった社会的な事象を、およそそういったものとは無縁のように思える「脳科学」「認知科学」の立場から腑分けして、そのシステムを見事に明らかにしてきた脳科学者「中野信子」さんが、今度はマーケティングの権威・コトラーの薫陶を受けた気鋭の経営学者でコンサルタントの「鳥山正博」氏とコラボして、今まで、学問領域としては語られることの少なかった「悪徳商法」「ブラックマーケティング」を、脳科学的に腑分けしてみせたのが、本書『中野信子×鳥山正博「ブラック・マーケティング」(KADOKAWA)』です。

構成と注目ポイント

構成は

序章 「悪のマーケティング」はなぜはびこるのか
第1章 焦りをかき立て判断力を奪う商法にご用心
第2章 「ハマりたがる脳」を刺激する罠の数々
第3章 理性を麻痺させ「欲しい」と思わせる仕掛け
第4章 五感を使って他者を操る方法とは
第5章 だまされやすさは遺伝子で決まる?
終章 「よい子のマーケティング」を脱し、サイエンスへ

となっていて、まず序章のところで示されるのは「私たちが本当に知っておかなければならないのは、意外と「脳は自分で意思決定したがらない」という厄介な特徴」で、

人間の脳はじっくり分析してから意思決定を下すよりも、わかりやすいものに即時に応答する特徴があります。

ということです。

これは意外にショッキングな話で、ブラックマーケティングや詐欺などの防止は「啓発活動」によって実効性をあげていこうというのが、警察や行政の常なのですが、人間の「生物的」な特性に根差すものがあるとすると、今のような啓発のやり方でよいのか、という根本的な課題に直面してしまうんですよね。さらに、最近の政治情勢も見ての

同一の勢力に対するこの極端な投票行動の差は、政策を判断した有権者の主体的な意思決定というよりも、日常的な「消費行動」とみなして分析したほうが、より本質的な議論ができる可能性があります

というのが真実だとすると、政治的な潮流や流行現象も、「脳科学」抜きには語れないことになってきます。

で、こうした説を「フィクションだ」と片づけてもいいのですが、

残り時間がどんどん少なくなっていく状況は、人間の思考や行動に大きなプレッシャーを与えます。
(略)
時間に追われて〝焦り〟を感じるうちに、「ここで買わないと後悔するかもしれない」という気持ちになり、判断力が低下するうちに購買意欲に火がつく ──そんな現象を販促手段に応用するという側面が、タイムセールには潜んでいるのです

といったところや

私たちの脳は基本的に〝怠け者〟で、スキあらばサボろうとします。また、自分で決めずに誰かが決めてくれるのであれば、じっくり吟味することをその誰かに委ねてその選択を受け入れようとします。 ブームになっていることなら、「多くの人が選んでいる結果」ですから、それを「正しい判断」と認識して相乗りする ということです。

といった指摘は、共著者である経営学者の鳥山正博の

消費者は「それぞれ違う」というところがマーケティングの最大の概念です。それをこれまではセグメンテーションの軸として、たとえば性別や年齢のようなデモグラフィックなもの、心理的あるいは価値観の差に基づくサイコグラフィックなもの、ヘビーユーザー/ライトユーザーという行動ベースのもの、などで分けていました。   それらの軸が、じつは脳の性質や構造の個体差に起因したものだったとしたら──?  こんな疑問を私は抱いています

といった話にもつながっていて、今までの学者の先生やコンサルタントの人たちから効かされていた「マーケティング理論」への疑惑がじわじわと滲み出てきますね。

さらに、こうした脳科学のマーケティング理論への応用は、通常の「消費行動」だけでなく、流行現象にも適用できるようで

AKBの総選挙で投票するという行動は、大好きなメンバーの将来に「関与する」ことでもあります。応援するときに分泌されるドーパミンは、承認されたときよりも関与したときのほうがはるかに大量に出るはずです。
 (略)
女の子たちはファンの心理を巧みに読み取りながら、神対応と塩対応とを使い分けているのです。
 (略)
この女の子たちの対応を脳科学的に考察すると、驚いたことにパチンコやゲームのプログラムに活用されている変動強化スケジュールを同じ手法であることがわかります。

であったり、

日本人には自ら意思決定するタイプが少ないことを示唆する研究もあります。欧米人に比べて日本人は、COMTというドーパミン分解酵素の活性が高いタイプの人の割合が多いことがわかっています。このタイプの人は脳内で放出されたドーパミンを速やかに分解する働きが強く、「自分で決めた」という快感が生まれにくい のです。そのため、意思決定が「楽しい」と感じにくくなり、他者が決めた方向性やルールに従う傾向が強くなるわけです。
(略)
意思決定するタイプが〝生きにくい〟社会は、裏を返せば意思決定をしない方が〝生きやすい〟社会なのです。 こうした社会を標的にしたとき「ウケる」マーケティングは、「まず『××は売れている』というレピュテーションを流布してしまうこと」になる でしょう

といったあたりになると、文系的に理解していた物事が、実は生物的な特性に根差していたり、脳内物質の影響に左右されていたり、と「目からウロコ」のような感覚を味合わせてくれます。
このほか、日本からイノベーションを起こすには「どうでもいい研究」をさせるのが一番、であるとか、悪徳商法の防止は、「カモになる遺伝子」を持っているかどうかの把握にある、とかいろいろ物議を醸しだしそうですが、今までの常識をひっくり返す、面白異説があちこちに散りばめられているので、一度手に取ってみてください。もし、あなたが「頭が固い」人でなければ、面白いと感じるはずです。

レビュアーからひと言

従来の「マーケティング論」がこうした悪徳商法やブラック・マーケティングの手口を取り扱ってこなかったことは、本書の共著者である鳥山正博氏も指摘しているところでなのですが、これはマーケティング論が「お上品な」学問であったこともあるのかもしれませんが、実は、脳科学のような「理系」的な学問領域との接点を持つ機会が少なかったことによるのかもしれません。いわゆる「理想人」を想定して研究する学問によくあるパターンなのですが、これは経営学だけでなく、政治学や法律学、犯罪学なども同じように思えます。本書のような異質と思える学問の融合で、新たな「知」の世界が開けていくような気がしますね。

Bitly

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