歴史を陰から操る奴がいるっていうのは「嘘」ー呉座勇一「陰謀の日本中世史」(角川新書)

歴史上の大事件の陰にいる真犯人とか、裏で糸を引いていた意外な人物ってのは、歴史ドラマとか、連続テレビドラマの変わり目あたりに2時間枠ぐらいで放映される特番ネタの定番であるのですが、本当かどうかが曖昧なわりに、好奇心を妙にそそり、思わず真実のように信じ込ませてしまうところがあるのは間違いないところです。
そんな歴史上の「ナンチャッテ秘話」にころっと騙されてしまわないように、世間に流布する「陰謀」の数々に、人気の歴史新書「応仁の乱」の作者である筆者が斬り込んだのが本書『呉座勇一「陰謀の日本中世史」(角川新書)』です。

構成と注目ポイント

構成は

第一章 貴族の陰謀に武力が加わり中世が生まれた
 第一節 保元の乱
 第ニ節 平治の乱
第二章 陰謀を軸に『平家物語』を読みなおす
 第一節 平氏一門と反平氏勢力の抗争
 第ニ節 源義経は陰謀の犠牲者か
第三章 鎌倉幕府の歴史は陰謀の連続だった
 第一節 源氏将軍家断絶
 第ニ節 北条得宗家と陰謀
第四章 足利尊氏は陰謀家か
 第一節 打倒鎌倉幕府の陰謀
 第ニ節 順応の擾乱
第五章 日野富子は悪女か
 第一節 応仁の乱と日野富子
 第ニ節 『応仁記』が生んだ富子悪女説
第六章 本能寺の変に黒幕はいたか
 第一節 単独犯行節の紹介
 第ニ節 黒幕説の紹介
 第三節 黒幕説は陰謀論
第七章 徳川家康は石田三成を嵌めたのか
 第一節 秀次事件
 第ニ節 七将襲撃事件
 第三節 関ヶ原への道
終章 陰謀論はなぜ人気があるのか?
 第一節 陰謀論の特徴
 第ニ節 人はなぜ陰謀論を信じるのか

となっていて、筆者の研究対象となっている、日本中世の歴史上の「陰謀」とされているものの真実を確かめる、という筋立てになっています。

なので、宮廷を中心にした暗殺やら権力闘争と一緒に「怨霊」や「魑魅魍魎」が跋扈した平安時代や、京を舞台にした志士。浪人と幕臣が血で血を洗った幕末は対象になっていないのですが、本書でとりあげる中世だけでも兄・頼朝から追われて討ち死にした義経とか、源氏の直径を絶やして権力を手にした北条一門や、自らの財産を増やすため都を戦乱におとしいれ、戦国自体の端緒をつくったとされる日野富子とか、まあ結構ラインナップはあるもので、日本人はどんだけ「陰謀好きなんだっ」てな感じです。

なかでも、極めつけは2020年の大河ドラマでも放映された明智光秀がおこした「本能寺の変」で、多くの学者や民間研究者、あるいは小説家たちが、競って様々な説を出しているので、筆者のほうもその論破に力が入っているようですね。

もともと本能寺の変自体、なぜ明智光秀が織田信長を討つといった暴挙に出たのか、というあたりがよくわからない上に、光秀を攻め滅ぼした秀吉の中国大返し自体がまぜあんなに早く、毛利勢から追撃されることなく軍を引き上げることができたのか疑いを持たれているのですから、「陰謀論」が入り込んでくる隙だらけの状態ですね。

で、本能寺の変を起こした理由としては、信長の横暴告白な仕打ちに怒って謀反を起こしたという「怨恨説」や、もともと光秀が天下取りの野望をもっていたという「野望説」というオーソドクスなところもあるのですが、本書の読みどころは、今までの権威をすべて破壊しようとする信長から、朝廷を守ろうとする「朝廷黒幕説」や、幕臣として室町幕府や足利義昭を守ろうとしたという「足利義昭黒幕説」、あるいはちょっと荒唐無稽の感じのある「イエズス会黒幕説」など、並みいる黒幕説を次々と論破していくところなのです。

中でも圧巻なのは、明智光秀の子孫であるという明智憲三郎氏の「家康黒幕説」に、かなりの熱意ではむかっていくところですね。そのあたりの詳細はぜひ原書のほうで。
このほか、関ヶ原の戦は本当に家康の策略だったのか?といった定番系の「歴史ミステリー」へ喧嘩を売っているところもあるのでお楽しみに。

レビュアーから一言

本書では「特定の個人ないし組織があらかじめ仕組んだ筋書き通りに歴史が進行したという考え方」を「陰謀論」と定義していて、そのわかりやすさから世間で一定の支持を得ていることに歴史学者として危機感を覚えたことが執筆の動機であるらしいのですが、陰謀論が人気な理由はもう一つ、「通説よりも斬新で面白いから」といったことがあるように思いますが、かといって「コロッ」と騙されてしまうのもシャクなもの。筆者によれば、「有名な陰謀論・トンデモ説は戦前の段階で既に出回っている。オカルト・偽史マニアならば「ああ、またそのネタか」と一笑に付す」ということですので、歴史好きの方は、本書を読んで「免疫」をつけておいたほうがいいと思います。

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