話を聴けば「つまんない」謎はすべて解決できるー市井豊「聴き屋」シリーズ

変人やオタクがゴロゴロしているといっても過言ではない都心のマンモス私立大学の「芸術学部」を主な舞台にして、無料で他人から「話を聴く」仕事をしている文芸学部の学生・柏木、彼の一年先輩で、極度の悲観主義者で、コミュ障で存在感の薄い、女性画家の「先輩」、柏木の友人で、イケメンすぎて、女装するととても色っぽい美人になる「川瀬」をメインキャストにして、学園内や周辺でおきる、日常の「他愛もない」事件を解決していくミステリー・シリーズが、市井豊さんの「聴き屋」シリーズです。

構成と注目ポイント

「聴き屋の芸術文化祭」の読みどころ

第一巻「聴き屋の芸術文化祭(創元推理文庫)」の収録は

第一話 聴き屋の芸術文化祭
第二話 からくりツィスカの余命
第三話 濡れ衣トワイライト
第四話 泥棒たちの挽歌
あとがき

となっていて、これが筆者のデビュー作ですね。

で、主人公の柏木が無料で営んでいる「聴き屋」というのは、口に出してすっきりしておきたい不満や愚痴、何度でも話したいが誰も聞いてくれなくなった自慢話、といった世間話に毛の生えた、毒にも薬にもならないが、人に聞いてほしい話、ただ聴くという商売で、別に何か助言とかアドバイスをするわけではない、欧米の教会の牧師さんや神父さんがやってる「告解」みたいなものですね。これを無料でやっているので、聴き屋で生計をたてているわけではなく、事件や揉め事のネタが集まってくる、という程度の設定です。

そんな聴き屋の彼が遭遇するまず第一話は、どこの大学でもそこの大イベントとなる大学祭で起きた事件。この物語の舞台は大学の芸術学部なので、通常の大学の学祭と違い、絵画とかの生徒の製作物の展示もあるわけで、学生の絵画を展示していた美術棟でスプリンクラーが作動する騒ぎがあった上に、そこで写真学科の女子生徒の他殺体が発見されて・・・というものですね。ここでは、柏木の友人である、陰気が服を着たような女子生徒「先輩」の描いた水彩画がスプリンクラーの水でダメになるというハプニングもあるのですが、意外にも、これが事件のカギになります。

第二話の「からくりツィスカ」は、大学の劇団に属する女王様キャラの花形女優で演劇学科三年の「月子さん」から持ち込まれる揉め事。彼女たちは1カ月後に他大学との共催で演劇を上演するのですが、その台本を書かせていた学生が、彼女の「いじめ」に耐えかねて、台本の最後の部分を持ち逃げしたまま姿をくらましてしまった、という事態に。困った「月子さん」は、柏木に台本の結末をでっちあげるか、姿をくらました台本作家から結末をとりかえせ、という無理難題をもちかけてくるという筋立てです。台本作家の意図とは別に、この台本の物語を読んだ柏木が、作家が考えていた「結末」を導き出してしまうのですが、ネタバレはここまで。

第三話の「濡れ衣トワイライト」で持ち込まれるのは、模型部の女子部員がつくっていた「NASAのジョンソン宇宙センター」の手作り巨大模型が床におちて大破していた、という事件。この模型を壊した、と疑われた「牧野」という学生が柏木に相談をもちかけてくるという流れですね、謎解きのキーは、壊れていたと思っていた、柏木の部室のエアコンは停電で動作を停止していただけだった、というところですが、謎解きものとしてはちょっと単純すぎるかも。なにせ、動機もなにもないのですから・・・

第一巻の最終話「泥棒たちの挽歌」は柏木の属するサークル「フール」の合宿で起きた事件。彼らが宿泊した宿屋で、泊まった部屋の隣室の男の殺害や、宿泊客の荷物を盗む空き巣犯の侵入が同時におきて、二つが混戦しての騒動が起こります。これに、「フール」の部員で、男性が仲良くしていると、「薔薇族」と思い込む女子学生が話をかき回す、といった展開ですね。

Bitly

「人魚と金魚鉢」の読みどころ

第二巻「人魚と金魚鉢」(創元推理文庫)の収録は

第一話 青鬼の涙
第二話 恋の仮病
第三話 世迷い子と
第四話 愚者は春に隠れる
第五話 人魚と金魚鉢

となっていて、第一話「青鬼の涙」は大学を離れて、柏木の祖父の家での話。彼の祖父は田舎で山林をもつちょっとした地主で、地元の大きな金属加工会社の工場長もしていた、地域の住民に畏敬されていた厳格な人物です。その祖父には厳しくしつけられた記憶しかない「柏木」なのですが、幼い頃、その祖父が屋根裏部屋で、一人泣いているシーンが脳裏に刻まれてます。

およそ「泣く」なんてことが想像できない人だったのですが、その理由は・・、という展開です。ネタバレは、いかつくて怖い顔をしていても孫は可愛い、といったところでしょうか。

第二話の「恋の仮病」では、柏木が大学の心理学教室の教材として、「聴き屋」で経験したことを講義する、ということになります。彼が語ったエピソードは、まず男性の悪い友人たちに脅されて、罰ゲームとして女性に恋を告白させられ、どういうわけかその女性にOKされて付き合い始めたのだが心苦しくてたまらない、というものとその告白された女性から、練習のためにその告白をうけいれたのだ、と打ち明けられるもの。
その女性は背が高くキリっとした、宝塚の男役のような女性で、女性には人気があるが男性からは敬遠されて、という役回りなのですが、将来、男性と交際する時の準備のために、ということらしいです、

さて、この二つの悩みを打ち明けられた「柏木」の行動は・・という展開なのですが、ネタバレは「悩みなのかどうかわからない」っていうところですね。

第三話の「世迷い子と」は、売り出し中の少年モデルの奇行のわけを解決する話。
相談をもちかけてきたのは柏木が属するサークル「フール」のOGで、彼女はその少年モデルの叔母でマネージャーもしています。で、その奇行というのが、ロケ中に突然顔を真っ青にして怯え初め、走り出してしまいます。そして1回目は庭の池に飛び込み、二回目は部屋の中の調度にぶつかって高価な花瓶を壊すという、ロケをハチャメチャにしてしまう失態の連続です。

彼は何かをみて怯えたのは間違いないのですが、それが何かは口を閉ざしたままで、そのロケの様子をみていた子供たちも怖いものは見ていない、というのですが・・・という展開です。

第四話の「愚者は春に隠れる」は悪友の川瀬によって、「先輩」と手錠でつながれてしまった「柏木」におきるトラブルです。川瀬の目的はサークルの不用品をフリーマーケットで処分した売上金を狙ってのことなのですが、川瀬の居所を探し出す、というのが今話のミッションなのですが、本題よりも、「先輩」のおずおずとした行動が妙なかわいらしさを醸し出してます。

第二巻の最終話「人魚と金魚鉢」は、柏木の」通学している大学の音楽学科の名誉教授の記念コンサートでの出来事です。そのコンサートは当初、大学の大きなホールで演奏される予定だったのですが、当日、人魚が現れてホール内を白い泡だらけにしてしまい、大講堂へと演奏会場を変更させられます。そして、その演奏の時、名誉教授は何かに気を取られているように集中力を欠き、デキの良くない演奏をするのですが、それに隠されたわけは・・という展開です。老演奏家が弟子を育てるのは、ってのがネタバレですかね。

Bitly

レビュアーからひと言

第一巻・第二巻とも、人が殺される事件は発生するのですが、そのどちらも現実味が薄くて、それ以外の物語も、はっきりいうとたいした事件ではない、「日常の謎」の中でも事件性の薄いものばかりで、骨太のミステリーを期待すると拍子抜けしまうのは間違いないところでしょう。
ただ、この「あっけらかん」として「脱力系」のところが、日頃、キリキリととした現実に向き合っているときは、妙に心をほぐしてくれるのは間違いないところです。新型コロナ禍などで気分が塞いでいる時などに、「鬱はらいの薬」と思って読んでみてはいかがでしょうか。

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