伊賀の抜け忍の最後の襲撃から「紬」を救えー上田秀人「急報」「総力」 聡四郎巡検譚5・6

勘定筋の家の出身ながら、冷や飯ぐらいの身の上であった、水城聡四郎が、兄の死によって家を継ぎ、新井白石、徳川吉宗によって能力を見いだされ、勘定吟味役、御広敷用人として、幕府の要人や御用商人、あるいは伊賀者の企む陰謀を打ち砕いた後、「道中奉行副役」に任命され、諸国を巡って、道中の悪党を退治する「聡四郎巡剣譚」の第5弾と第6弾。

前巻までで、京都に滞在して、竹姫の実家を訪問して宮中と幕府の力関係の間で巧みに泳いでいく公家のしたたかな姿と、公家と癒着する武家の姿をしかりと見定めた聡四郎は天下の商都「大坂」へ向かいます。また、留守中の江戸では、お家再興のために、聡四郎の家族に危害を加えようとした吉良家の残党を退けたものの、今巻では、伊賀の抜け忍で盗賊まで身を落とした「藤川義右衛門」一派の最後の攻撃が始まります。

構成と注目ポイント

第5巻「急報」の読みどころ

第5巻「急報」の構成は

第一章 動き出した闇
第二章 西静東騒
第三章 奪われた宝
第四章 公と私の衝
第五章 将軍からの書状

となっていて、江戸城の御広敷伊賀者組頭だった藤川義右衛門が、京都で世話になり、現在はともに江戸の「闇」勢力の切り崩しをしている、義父の「木屋町の利助」の支配する品川の縄張りの強奪を始めるところからスタートします。

もともと、「利」だけで結びついていた二人だったのですが、双方が相手を平気で陥れようとするあくどさはちょっと「げんなり」するところですね。


で、計画通り「利助」を討って、品川の縄張りを手に入れ江戸の半分を手中にした藤川たちは、次の一手にとりかかります。それは、吉宗の動きを牽制し、江戸全部の闇の縄張りを手に入れようとするもので、その「人質」として、聡四郎の娘・紬を誘拐する計画を実行します。

このため、江戸の無頼漢や浪人たちを集めて、聡四郎の屋敷を襲わせるのですが、本番の戦闘アクションは、伊賀の抜け忍たちと、聡四郎の屋敷を護る入江無手斎と袖たち伊賀の郷忍たちとの戦いです。大言壮語はしても、無手斎たちの敵ではない浪人や無頼漢と、無手斎を油断させて、紬の誘拐に成功する抜け忍たちの技の違いに驚いた上で、藤川たち闇の勢力への悪行にはらはらすると思います。

一方、聡四郎のほうは、公家づきあいやしきたりや伝統の「京都」から「大坂」へと移動します。

彼としては、吉宗の「世間を見てこい」という命令に従って、商都として栄え、武家の理屈ではなく、商人の原理で動く都市の様子を視察に訪れただけなのですが、幕閣としての出世を狙う「大坂城代」にとっては、痛くもない腹をさぐられるようなものなので、なんとも目障りであることには間違いありません。しっかりと関し付きで「大坂見物」をすることになりますね。

ここで、聡四郎たちが見て回るのが、できたばかりの米市場「堂島市場」や、大坂一の遊び場「新地」です。ここで、武家の力が失墜していく様子や理由を、しっかりと実感することになるのですが、ここらがどう活きてくるかは、今後の「聡四郎」シリーズの展開次第ですね。

そして、藤川の「紬」誘拐の動きは、当然、吉宗を激怒させ、幕府あげての捜索活動が展開されることになるのですが、詳しいところは第6巻に続きます。

Bitly

第6巻「総力」の読みどころ

第6巻「総力」の構成は

第一章 闇の棲家
第二章 無頼の存亡
第三章 母の覚悟
第四章 因縁の邂逅
第五章 静かなる怒り
終章

となっていて、第6巻がこの「巡検譚」シリーズの最終巻となります。

聡四郎の愛娘「紬」を誘拐して、江戸の闇の縄張りの総支配を狙う藤川義右衛門は、江戸市中の寺に身を隠しながら、自らに抵抗する裏の勢力への圧迫を強め、支配権の拡大にむけて動き始めます。

これに対して、吉宗たち幕府勢力も、御庭番や伊賀者組、南町奉行所を総動員して捜索活動を進めるのですが、義右衛門たちの潜伏工作が巧妙であることもあって、なかなか捜査は進展しません。もっとも、これには、将軍を護るために御庭番の勢力がフルに出動できないことや、伊賀者の中には、聡四郎への怨恨と通解された「紬」が吉宗の血縁でないことから、探し出せなくても伊賀者への処罰はないと高を括っているものもいるなど、一枚岩となっていないのも影響しているようですね。

一番のブレーキは、吉宗に抜擢された大岡越前が、失敗して失脚することを恐れて大胆な行動にでていかないことで、ここは後に、彼が町奉行止まりで終わった原因ともなるように本書では推論されていますね。

こんな感じで、モタモタ感のある幕府のほうに対して、聡四郎の家のほうは必死の構えで捜索にあたります。袖などの以前からの伊賀者のほかに、伊賀の郷も聡四郎側について味方することを決めたため、「郷」からの応援勢力が参加し、入江無手斎、袖、袖の妹・菜、聡四郎が旅先で知り合った伊賀の郷忍・播磨朝兵衛、山路兵弥という強力な布陣で捜索活動を展開していくのですが、中でも、紬を実の孫娘のように思っていた「無手斎」は封じていた「剣術遣い」の本能を蘇らせてきています。

そして、捜索のほうは、「紬」に乳を与えるため、義右衛門一味が「乳母」を探していることをつきとめたあたりから急展開します。乳の出る女性を誘拐してくるのではなく、目立たぬように「募集」の態をとったのが、墓穴をほることになりますね。ここで、強さを発揮するのが。紬の母「紅」です。紬が攫われてからは、心労のために寝込んでいたのですが、乳母として敵方に潜入するアイデアを聞いて、自らがその役目につくことを宣言します。まさに「母は強し」を地で行く行動ですね。

さらに、大坂に滞在していた聡四郎のもとには、吉宗から即座に江戸へ帰還するよう報せが入り、聡四郎も急遽、船を使って帰還してきます。さて、敵方に潜入した「紅」の運命と紬と紅を救出するため、敵の潜む屋敷をつきとめ突入した無手斎や袖たちの活躍は・・という展開ですが、そのあたりのシリーズの締めくくりの大アクションシーンは原書のほうでお楽しみください。

Bitly

レビュアーから一言

「勘定吟味役異聞」「御広敷用人 大奥記録」に続く、聡四郎シリーズの第3シーズンとなる「聡四郎巡検譚」なのですが、今回は、前シーズンからの仇敵となった藤川義右衛門の妨害もあって、東海道を下り、京都、大阪で市中の様子を巡視するところまでで旅が終わることとなります。なので、西国や長崎といったところへ赴かないままにおわるところはちょっと残念ですね。ただ、シリーズ最終巻の最後のほうで、聡四郎に再び役目を与えるため、吉宗が呼び出しをかけるシーンが出てきますし、経済政策で激しく対立した徳川宗春の尾張藩など、吉宗+聡四郎の前には強敵が控えています。第4シーズンの開幕を今から楽しみにしておきましょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました