天下の梟雄・松永久秀の本当の姿は「反・謀反人」ー今村翔吾「じんかん」

室町幕府の13代将軍・足利義輝を攻め滅ぼしたり、年代的には信長の比叡山焼き討ちに先駆けて東大寺の本堂を焼き払ったり、織田信長など仕える主君に対して何度も謀反を企てたり、と戦国乱世の「梟雄」の代表格として扱われている「松永久秀」の、世間の見る方向とは違う視点から光を当てて、彼の全く異なる姿をあぶりだしたのが本書『今村翔吾「じんかん」(講談社)』です。
本書によれば、表題の「人間」とは「人間」と書くのですが、「にんげん」のことではなく、「人と人とが織りなす間」つまりは「この世」という意味のようです。出身や家柄などもはっきりしない、この人物が才覚で「この世」を騒がせ、謀略の権化のようにいわれながらも、家臣からは慕われ鉄壁の家臣団を擁した武将の姿を読むことができます。

構成と注目ポイント

構成は

第一章 松籟(しょうらい)の孤児(みなしご)
第ニ章 交錯する町
第三章 流浪の聲
第四章 修羅の城塞
第五章 夢追い人
第六章 血の碑
第七章 人間へ告ぐ

となっているのですが、物語のほうは、松永久秀の再度の謀反の知らせを近習から聞いた織田信長が、報告してきた近習の侍に、信長が知っている「本当の松永弾正久秀」のことを語るという形で展開していきます。この信長の語る「本当の久秀」が、世間に伝えられているものとは大きく異なっていて・・、という設定です。

まず物語のはじまりは、出身地について阿波とか山城国西岡、あるいは摂津国五百荘などいろんな説があり、中には美濃を一代で手中にした斎藤道三と同郷だったという説もあるのですが、本書でも、京都の西岡の出身とされてます。しかし、国衆とか怒豪とかいった武家のでではなく、商売をしていた家の出身で、商人の父親が流れ者の足軽に殺され、その後母親も困窮して自死。近くの寺の厄介になっていたが、寺も野盗に襲われて流浪しているところを、伏見で孤児たちを集めて追いはぎ・山賊をしている「多聞丸」という少年に拾われる、というスタートです。「寺が襲われ」というと善良な僧侶と暮らしていたところを無残にも、という印象を持つのですが、どうやらその僧侶に「男色」の気配があるのが読み取れるので、乱世の物語は一筋縄ではいかないようです。

この後、仲間と盗賊をしながらも仲良く暮らし、一国一城の主を夢見る多聞丸に付き従っていたのも、束の間。細川高国の荷駄の襲撃が失敗して、多聞丸は討死、仲間も久秀(その時は「久兵衛」という名ですね)の弟と日夏という女子以外は殺され、久秀たちは近くの寺の坊主に救われ、九死に一生を得ることになります。(ちなみに、この「多聞丸」の名が、後に久秀がつくる「多聞山城」の由縁ということのようです)

この寺の住職の紹介で京都の二条の商家に厄介になったところで、知り合う「三好元長」が彼の運命を変えることになるのですが・・・という筋立てですね。この三好元長」という人物は、足利将軍家や細川管領家を圧倒して、畿内を実質支配することとなった三好長慶たちの父親に当たる人物なのですが、本書では武家でありながら、世の中の乱れの元凶は「武家」なので、武家のいない世の中をつくることが理想、というかなり異色の人物に描かれているのですが、この理想が、元長の人格とあわせて久秀を魅了し、彼の「謀反人」としての人生を方向づけていくこととなります。

そして、堺を自治政府化することに成功し、武家のいない世の中の実現に向けて踏み出した元長だったのですが、将軍家や管領系に代表される旧来の武家勢力の反撃をうけ、加えて、一向宗などの宗教勢力も彼らの敵となり、強大な反対勢力のもとに攻め滅ぼされてしまいます。元長の果たせなかった「理想」を託され、久秀は彼の遺児を守りながら、次々と手を打ち、元長をたおした勢力に立ち向かっていくために、織田信長の勢力も引き入れ、久秀と元長の息子・長慶に対抗してくる、三好家の重臣たちで組織する三好三人衆や、大和の地に昔から勢力をはる寺社勢力や筒井順慶たちと激しく戦闘を続けていくのですが・・・、という形で続いていきます。

戦国時代ものというと、信長の天下布武や天下一統の夢を果たせなかった上杉謙信や武田謙信、あるいは、信長後の秀吉、家康の覇権争いなど、天下を巡った華々しいところに目がいってしまうのですが、「天下の梟雄」と呼ばれた人物の意外な姿には、表通りで出される料理とは違った、裏通りの奥まったレストランの「知る人ぞ知る味」的な旨味が味わえますね。

レビュアーからひと言

本書では、剣豪将軍として、幕府再興の理想をもっていたとされる足利義輝が、実は足利将軍家のお家芸の諸侯を利用しての権力闘争に明け暮れる人物であったり、一族内の権力抗争で悪辣なイメージのある細川高国が、元長の理想とは異なるのですが、「民」というものの本質を見抜いたひとかどの武将・政治家であることが明らかとなったり、と通説と異なる目線からの「人物像」が新鮮ですね。中でも、信長の天下統一の前に、都を支配していた「三好政権」の様子が読めたのは儲けものでありました。

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