美人報道記者が誤報の末に辿り着く誘拐殺人事件の真実ー中山七里「セイレーンの懺悔」

マスコミを主人公にしたミステリは、警察とかの国家権力や、大企業や大病院のような資本主義の強者に対峙するアンチ権力的な「正義のミカタ」的なものが多いのですが、第三の権力といわれる強大な力のふるいどころ間違ったり、といった「負」の側面を描いたものは多くないのが実情です。

そのマスコミの世界で、犯罪報道で手痛い失敗をしながら奮闘していく女性報道記者の姿を描くのが本書『中山七里「セイレーンの懺悔」(小学館文庫)』です。

【構成と注目ポイント】

構成は

一 誘拐報道
二 協定解除
三 大誤報
四 粛清
五 懺悔

となっていて、まずは舞台となる帝都テレビの報道局でBPO(放送倫理・番組向上機構)から三度目の勧告を受けたことで、局員全員を集めての再発防止と叱責の会合のところから始まります。物語の時系列的には、刑事犬養隼人シリーズの第一作「切り裂きジャックの告白」の連続殺人+臓器摘出事件が解決した直後、という時期です。「切り裂きジャック事件」では、帝都テレビの住田プロデューサーと兵頭ディレクターが、事件の帳場を指揮する警視庁の鶴崎管理官の功名心と自己顕示欲を刺激して、独占インタビューに出演させ、犯人を煽ったために新たな犠牲者が出たことが世間の非難を浴びたことが原因で勧告をうけたという設定です。

この帝都テレビの報道局社会部の報道番組「アフタヌーンJAPAN」の報道記者の一人である「朝倉多香美」が本作の主人公です。彼女は、妹がいじめで自殺をしていて、その際、学校が隠蔽工作を図り、警察も動いてくれなかったという辛い過去をもっていて、そのため警察など既存の権威に対する不信感と反発を抱えているという設定で、これがこの巻の事件を担当する宮藤刑事との対立的なやり取りにつながってますね。

事件のほうは、都内の公立高校に通う16歳の女子高生が誘拐されたというもので、行方がわからなくなった深夜、誘拐犯らしき男から電話があり、1億円の身代金を要求してきたのですが、受け渡し場所とかについては何も言わなかったという奇妙な脅迫電話が1回あったきりです。しかも、誘拐された高校生の一家は父親は週3日勤務の契約社員、母親もパート勤務で、資産家でもなく、隠し財産もなさそうという家庭環境です。
犯人が誘拐する人物を間違えたのでは、という疑いや、犯人の目的がわからないまま報道協定が結ばれ、警察の極秘捜査が開始されるのですが、度重なるBPOからの勧告の汚名を晴らそうと、今巻の主人公・朝倉多香美と彼女の先輩記者・里谷太一は、捜査本部の敏腕刑事・宮藤をマークし、他社にさきがけて女子高校生が監禁されている場所へ踏み込む警察の動きをつかむことに成功します。そして、警察が踏み込んだ現場で、スクープを掴んだ、と意気込む多香美が見たのは、すでに殺害された被害者で、着衣ははだけ、その顔は残忍にも顔が突っ込まれていた工業用パッドに残っていた劇薬のために・・というのが最初のヤマ場です。

そして、被害者が殺されていたことで報道協定も解除され、各社の取材はヒートアップします。「アフタヌーンJAPAN」の命運をかけて取材にあたる多香美と里谷は被害者の通っていた高校の同級生から、被害者が校内でいじめにあっていて、誘拐されたその日も、そのいじめているグループ四人組に連れられて帰っていった、という情報を聞き出します。
多香美たちは、廃ビルの一室の屯している四人組の話を録音することに成功し、これをネタに「アフタヌーンJAPAN」では、真犯人らしきグループをつかんだ、という見込みのスクープを報道します。これがもとで主犯格の同級生の女子高校生・仲田未空のもとへ各社の取材が殺到します。さらに主犯格らしい女子高校生が過去にレイプ事件の被害者であったことから、無責任な報道やネットの書き込みが相次ぎ、とうとう彼女は自殺未遂を起こすことになりますね。

この女子高生の弟の

「人の家を取り囲んで、僕みたいな小学生を追い掛けて、病院の外で待ち伏せまでして、それで誰から誉められるの?お姉ちゃんをあんな風にさせて、誰が喜んでいるの」

という非難の言葉と自分のスクープ報道が思ってもみなかった結果を生み出してしまったことへの後悔の思い抱く多香美なのですが、報道の使命という理念とスクープした誇らしさでこれを覆い隠してしまいます。
さらに、このスクープはより大きな動きにつながっていきます。この四人組が逮捕される時に、帝都グループのテレビ・新聞・週刊誌、すべての報道媒体をつかっての大特集を組むというグループあげての協力体制が組まれることとなります。まさに、多香美たちが掴んだネタが大化けをしていて、ついに犯人逮捕のXデーを迎えます。捜査本部での記者会見で、容疑者確保に捜査陣が向かっていることが報告されるのですが、彼らが向かっている方向は、多香美たちがスクープした四人組の住所とは真反対の場所です。そして、確保された真犯人は四人組とは全く別の人物たちで、多香美たちのスクープは全くのガセであることが明らかになるのでした・・・というのが第二のヤマ場ですね。

この「大誤報」によって再び汚名をかぶってしまった帝都テレビには、視聴者の批判が相次ぎ、誤報の中心となった報道局は人事刷新の対象となり、多香美たちが所属する「アフタヌーンJAPAN」はスタッフのほとんどが入れ替えられるという大粛清が行われます。しかし、誤報の第一原因となった多香美は、里谷がかばってくれたおかげで残留することになるのですが、これは逆に厳しい仕打ちかもしれません。
というのも、事件の容疑者の少年や少女は、被害者との喧嘩から暴行したことは認めているのですが、首を締めたりといった殺害はしていないと主張していて、その後追い取材をさせられることとなり、彼女が今回の誤報の中心でありながら番組に残留したことを咎めるような他局の記者の冷たい目線や、被害者の父母の批判にさらされることになりますね。

そして、容疑者たちが殺害を認めないことと、被害者の父親の「首を締めさえしなきゃ助かったんだ。それを畜生、最後には顔まで焼きやがって」という言葉に違和感をもった多香美は単独で再度、事件を調べ始め、殺害現場となった工場へと出向くのですが・・・という展開で、驚くような真相が明らかになるのですが、詳細は原書のほうで。
でも、ここで安心してはだめですね。ドンデン返しの魔術師と定評のある筆者はさらに驚く仕掛けを施しているので最後まで気を抜かずに読んでいきましょう。

レビュアーから一言

本書の題名にもなっている「セイレーン」というのは、上半身が人間の女性で、下半身が鳥の姿か魚の姿で描かれる半人半獣の妖怪ですね。本書では多香美たちの報道が原因で自殺未遂を図った女子高校生の入院する病院へ取材に来た多香美に対し、宮藤刑事が

岩礁の上から美しい歌声で船員たちを惑わし、遭難や難破に誘う。俺に言わせれば君たちマスコミはまるでそのセイレーンだよ。視聴者を耳障りのいい言葉で誘い、不信と嘲笑の渦に引きずり込もうとしている

というあたりに、本書の題名が由来しているようです。
セイレーンの伝承は、「トロイの木馬」で有名なホメーロスの「オデュッセイア」に出てきていて、その木馬の謀略を計画した主人公のオデュッセウスが故郷のイタケーへ帰国途中に魔女キルケーの住むアイアイエ島で出会います。彼は自分の体をマストに縛り付けることによって命を落とさずにセイレーンの歌声を聞くことができた、とされているのですが、このほかにライン川のローレライ伝説も、セイレーン伝承の一つですね。
伝承では、セイレーンが歌を聞かせたにもかかわらず、生き残った人が出た時は、セイレーンのほうが死ぬ運命にあるとされていて、このときもセイレーンたちは海に身を投げて自殺し、死体は石化して岩礁の一部になったそうなのですが、このあたり、今巻での多香美が属する「アフタヌーンJAPAN」の大誤報による大粛清のあたりの描写に通じているのかもしれません。

Bitly

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