ピアニスト探偵は音楽家テロリストと対決するー中山七里「いつまでもショパン」

凄腕の検事正の父親をもち、自らも司法試験でトップで合格し司法修習が終了すれば「法曹」の道へ進むと確実視されていながらも、自分の希望を通してピアニストの道を選んだ名探偵「岬洋介」を主人公にした、音楽ミステリーの第3弾が『中山七里「いつまでもショパン」(宝島社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

プレリュード
Ⅰ モルト ドレンテ
  ~きわめて沈鬱に~
Ⅱ モンツァ テンポ
  ~厳格に定めず 自由に~
Ⅲ コンフォーコ アニモーコ
  ~熱烈に 勇敢に~
Ⅳ アッパシオナートドラマティック
  ~熱く 迫力をもって~

となっていて、まず最初のところはポーランドの大統領を狙った飛行機テロのシーンからスタートします。大統領専用機を標的にした墜落事故なので、並大抵のテロリストでは仕上げれない仕事という印象を与えていて、ロシアやイスラムとか国際的な陰謀を暗示させる出だしです。

物語のほうは、ポーランドで毎年開催されるショパン・コンクールに参加するポーランドのピアニストや各国から参加してくるピアニストの描写から始まります。特に本巻の語り手となるポーランド人ピアニストのヤン・ステファンスは、4代続く音楽家の家系に生まれた人物で、コンクールで優勝することを家族だけではなく、国民音楽ファンの多くが期待している、という設定ですね。

本書によれば「ショパン」というのは、その音楽への高い評価だけでなく、16世紀以降、隣国からの干渉や分割統治を受け、そのたびに反乱と蜂起を繰り返し、独立を勝ち取ってきたポーランド国民の象徴のような特別な存在であるらしく、ショパン・コンクールの優勝というのは単なる音楽コンクールの1位以上の価値をもっているようですね。そのショパン・コンクールの開催にあわせて、次々と殺人事件やテロ事件がおきるのですが、その原因は、タリバン勢力の制圧のために、ポーランドがパキスタンに軍隊を派遣しているということにあり、そのテロの爆弾事件の主犯格と言われているのが「ピアニスト」という異名をもつテロリスト、というわけですね。

で、まず第一の事件は、そのテロリストを追っていた刑事がコンクール会場の出場者控室で銃で撃ち殺され、さらに10本の指すべてが第二関節で切り取られているという猟奇的な事件です。おそらくは「ピアニスト」と呼ばれるテロリストの仕業に違いないということで、コンクールの関係者や出場者の中に、「ピアニスト」がいるに違いないという路線で捜査も進むし、本巻の主人公・ヤン・ステファンスも、出場者の演奏を聞きながら、「ピアニスト」は誰なのか調べ始める、という筋立てですね。

ただ、物語の主要な流れは、ショパン・コンクールで、主人公(ヤン)が、他の国の出場者、ロジア人のヴァレリー・ガガリノフやヴィクトル・オニールのショパンをロシア風に解釈した演奏に、祖国ポーランドへのロシアの影響を感じて苛立ったり、中国や日本のピアニストの演奏の成長ぶりに驚異を感じたり、フランス人の女性ピアニストと恋をしたり、といった感じで、コンクールにかかる演奏家たちの姿が書き込まれていて、当方のような音楽コンクールに縁のない者にとっては、とても新鮮な感じをうけましたね。もちろん、このシリーズの探偵役である岬洋介も、持病の突発性難聴の発症にも耐えて、ファイナリストまで残っていきます。

で、事件のほうは、その後、元王宮で開かれたコンサート会場での爆弾テロであるとか、犯人にもとへやってきた刑事を神経毒で殺し、その死体を使っての公園での爆弾テロと、一般市民を無差別に狙うテロが次々と発生します。この公園での爆発で、ヤンと岬が知り合った少女が巻き添えになって爆死してしまいます。この少女は今巻の最初のあたりから、貧しい暮らしに負けず天真爛漫ないい感じを出していたので、こういうシチュエーションで「殺して」しまうとは思ってもみませんでした。

当然、こうしたテロ事件が相次ぐので、コンクールを中止してはという声が起きるのですが、コンクールの審査員長。カミンスキは、テロや他国からの侵略に屈しない「ポーランド」の象徴として、断固として最後までコンクールを開催し、世間からも称賛を浴びることになります。そしてコンクールの優勝者が決まり、授賞式に大統領が出席して、入賞者に賞状を授与する場面で明らかになる爆弾魔「ピアニスト」の正体は・・という展開なのですが、種明かしは原書のほうで。

レビュアーから一言

今巻の最後のほう、ファイナルで岬洋介が演奏するとき、場面が名古屋の青少年文化センターで開催されている名古屋国際音楽コンクールに切り替わります。そこにはプロとなった「おやすみラフマニノフ」で登場した、城戸晶と下諏訪美鈴が登場するのですが、そこでドビュッシーの「喜びの島」の楽譜を抱えた「可愛い娘だが声はひどく濁っていた。よく見るとワンピースから露出した手足も、ところどころに手術跡が残っている。」という少女が登場します。美鈴の「何だ。あんた、出て来たの?」という発言と、その娘の

「先生・・・あたし、ここに帰って来ました。まら。ドビュッシーを弾きます」

という言葉に、これまでの3つの物語がまた新しいスタートを切るのな、と思ったところでありました。「ルシア、頑張れ」というエールを贈っておきましょう。

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