組織的な臓器密売の影に潜む黒幕を暴けー中山七里「カインの傲慢」

若い頃は俳優養成所に通っていた経歴をもつイケメンで女性の嘘は全く見抜けないが、男の嘘は確実に見抜く、組織の枠から外れっぱなしの敏腕刑事なのですが、職務中に知り合った被害者との浮気が原因で「バツ2」となり、腎臓病で療養中の実の娘からは冷たい扱いをされている、警視庁捜査一課の刑事・犬養隼人を主人公にしたミステリーの第5弾が本書『中山七里「カインの傲慢」(角川書店)』です。

第1弾「切り裂きジャックの告白」では臓器移植、第3弾「ハーメルンの誘拐魔」では子宮頸がんワクチン、第4弾「ドクターデスの遺産」では安楽死といった医療関係のトピックな話題にまつわる事件を解決してきた犬養隼人ですが、今巻では再び臓器移植に関連した連続殺人事件を、あいかわらず正義感が強くて衝突の多い「高千穂明日香」とともに捜査します。

構成と注目ポイント】

構成は

一 死者の名前
二 二つの国の貧困
三 貧者の資産
四 富豪の買い物
五 カインの末裔

となっていて、まずは、東京都の石神井にある公園緑地で十歳をすこしでたぐらいの少年の死体が埋められているのを発見されるところから始まります。少年の死体には手術痕があり、肝臓が半分摘出されているというあたりに、「切り裂きジャック」事件との類似性を感じさせますね。

そして、この少年の身元が最初のうちは捜索願も、学校からの情報もまるでなくて暗礁に乗り上げそうになるのですが、少年の顔立ちが「昭和ふう」の昔っぽい顔立ちであることにヒントを得た明日香が出入国管理事務所に紹介し、被害者が中国から、「周」と言う名前の中国人と一緒に来日した中国籍の少年であることが判明。明日香が、その少年の出身地へ捜査に出向くことになります。ここで、明日香が大学で中国語を専攻していて、北京への留学経験もあることが明らかになるのですが、これは海外捜査のくだりをとんとんと進めるための筆者の設定でしょうね。

この海外捜査で、中国と日本を結ぶ常習的な「臓器」ブローカーの存在と、子供の養子縁組を隠れ蓑に、実質的な子供の身売りをして家計を維持している中国の貧困層の描写がされていくのですが、これが後半で「日本」へのブーメランのように返ってきます。

DVでギャンブル中毒の元夫のこしらえた借金がもとで雪だるま的に増えた借金を返すために、子供が自分の臓器を売り、事故の後遺症で死亡した第二の事件、第一の事件の捜査の過程で所轄の刑事・長束が紹介してくれた石神井の地元不良グループの一人が、賭け麻雀で嵌められて負った借金を返すためにやった臓器売買がもとで殺される第三の事件、と中国だけでなく日本の貧困家庭でも、臓器売買が組織的に行われていることを犬養たちがつきとめていきます。

この組織犯罪を暴くカギとなるのが、臓器摘出をした医師の存在で、臓器提出の手際の良さと、それとはうって変わるような縫合の拙さや少年の脳を手掛かりに、留学生医師と大きな大学病院の外科がからんでいることをつきとめていく捜査勘はさすがです。ついでに、高飛車な大学の事務局長と医学部長を追い詰めていくところは、他のシリーズ同様に、読者の溜飲が下がるところですね。

そして、臓器摘出の実行犯をつきとめ、その臓器を買ってい黒幕を突き止めるのですが、なんと、それは日本有数の経済団体の会長も務めた経歴をもつ大々企業コンツェルンの総帥で・・・というところで、さすがの犬養たちも、今回は巨悪の大きさに圧倒されることとなります。

で、「あー、権力と金を持っている相手には敵わないのねー」と無力感を読者が感じたところで、その黒幕が臓器売買をする意外な理由が突然明らかになって、おそらくびっくりすること間違いなしの急転直下の結末です。このへんの詳細は原書のほうでどうぞ。切り裂きジャック事件とは、また違う「臓器移植」の闇に犬養が切り込むのですが、今回はちょっと苦い後味が残るような気がします。

レビュアーからひと言

「ハーメルンの誘拐魔」事件から、犬養隼人の相棒を務める、警視庁捜査一課の紅一点の刑事で、映画「ドクターデスの遺産」では北川景子さんが演じている「高千穂明日香刑事は、もともと少年犯罪を扱う生活安全部門志望で、いやいや刑事畑に配属されていて、今まではその正義感が空回りしているところがありました。

しかし、今巻は中国河北省の被害者家族のところへ単身捜査に行き、隠されていた家族の秘密を探り出したり、子供たちの閉腹手術を担当した留学生医師から証言を引き出すダメ押しをしたり、といい仕事をする場面が増えてます。ひょっとすると、彼女が主役となるスピンオフ作品がでないか楽しみにしているところです。

Bitly

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