検事の道を捨て、ピアニスト探偵が誕生するー中山七里「もういちどベートヴェン」

凄腕の検事正の父親をもち、自らも司法試験でトップで合格し司法修習が終了すれば「法曹」の道へ進むと確実視されていながらも、自分の希望を通してピアニストの道を選んだ名探偵「岬洋介」を主人公にした、音楽ミステリーの第5弾が『中山七里「もういちどベートーヴェン」(宝島社)』です。

前巻の第4弾で、岐阜県の公立高校の音楽科で同級生の殺人事件で鋭い推理を発揮したのですが、その高校の文化祭で「突発性難聴」の病気を発症し、ピアニストへの道を諦めざるをえない失意の中で、父親の転勤によって転校していった岬洋介のその後が描かれるのが本巻です。

構成と注目ポイント

構成は

Ⅰ エトラッフェ インセンシブルメンテ
 〜音を殺して 冷淡に〜
Ⅱ アマレーヴォレ ラメンタンド
 〜苦しげに悲しげに〜
Ⅲ ストレット クレッシェンド
 〜緊迫して 次第に強く〜
Ⅳ エスプレッシヴォ モヴィエンド
 〜表情豊かに 変化して〜
Ⅴ アルティエロ コン ブリオ
 〜誇らしげに 生気に満ちて〜

となっていて、今巻の語り手は、3年間の浪人生活を経て司法試験に合格し、検事を目指している「天生高春」という男性ですね。
そして、彼の同期生が、司法試験トップで合格した、このシリーズの主人公・岬洋介で、年齢は23歳となっているので、法律系の大学に進学して現役で司法試験に合格していて、司法修習所の寮で、岬と天生はお隣同士という設定になってますね。

この天生という青年も中学時代まではピアノを習っていて、プロの演奏家になる夢をもっていたのですが、才能の限界を感じて断念。子供にかけた夢が潰れた両親の失望感を振り払って司法試験に合格して「見返してやった」感をもっていたのですが、司法修習生になって、法律系に天性の才能を発揮する「岬」に劣等感を抱いている、というところです。劣等感を抱きつつも、知識も偏っているし、KYな岬のことが気になって、あれこれと世話を焼いているうちに、一緒に事件解決に巻き込まれていく、という流れですね。

で、今回の事件となるのは、彼らの司法修習の検事実習で担当した、絵本作家が、その妻の絵本画家に殺されるという事件の真相を明らかにするものです。その絵本作家は左翼系に作風が特徴で、その作風が子供受けせず「売れない作家」だったのですが、彼が書いた新作品が原因で妻と口論となり殺害された、と警察は捜査していて、凶器となった柳刃包丁から妻の指紋も検出されています。
しかし、妻は、その指紋を料理の際についたもので、口論はしたが自分はやっていない。口論してのプチ家出から帰宅したら、夫が殺されていた、と主張しているのですが・・・、というものです。

しかし、口論の原因となった「新作」が今までのペンネームではなく、本名で発表したいと夫が考えていたことに、岬は違和感を持ち、警察の鑑識を頼んだり、独自の捜査を始めるのですが、殺された夫の昔からの友人で、指導教官でもある検事から厳重注意されることに。まあ、修習生はいわば見習いで正式な捜査権限もないですから、もっともな対応なのですが・・・。
謎解きのヒントとなるのは、殺された絵本作家が書いた新作に登場する「赤いうさぎ」なのですが、詳しいところは原書のほうで。ちなみに、うさぎといえば、若竹七海さんの葉村晶シリーズの「黒いうさぎ」を連想する人がいるかもしれませんが、それはミスリードなので気をつけてくださいな。

さらに、今巻は、「どこかでベートヴェン」でピアニストの道を断念した岬が、再び音楽の道へと向かっていく物語でもあります。

研修所に入った最初の時期は、岬洋介はピアニストを目指していたことは封印していて、クラシックなどの音楽系が苦手な人物という印象を与えています。ここで、元ピアニスト志望の天生青年が、岬への劣等意識をから、クラシック・コンサートに引っ張り込むといういたずらをしけけるのですが、これが岬の「ピアニスト」心を再び燃えさせるという思いがけない結果を呼び起こすことになりますね。

また、司法試験のトップ合格という知識と、彼の推理力は司法修習でもいかんなく発揮されて、研修中も群を抜く才能を発揮するのですが、「容疑者への向き合い方」や「犯罪の処罰」で、法曹への適性に、自分自身で疑問が生じてきます。

そして、法曹の世界が自分と肌合いが違うという感覚とピアニスト魂の復活から、岬はかなりレベルの高いピアノ・コンクールへ出場し、テッペンをとることを目指すのですが、ここは、マンガや映画の「成り上がりストーリー」的な展開となっているので、そこは原書のほうでお楽しみを。

レビュアーから一言

本巻の最後のほうで、語り手であった「天生」が司法修習を辞めて研修をを出ていく岬と

「ひょっとしたら俺もなにかの弾みで被告人にならないとも限らない。その時は君が弁護人になってくれ。」
(略)
「俺でよければ地球の裏側からでも駆けつけますよ。」

といったやりとりがあるのですが、これが続く第6弾の前振りになっているとともに、岬にとって生涯で二人目の友人ができた瞬間でしょうね。

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