九州のヘラクレス・柴田リイノ、殉教スー赤神諒「大友の聖将」

九州の北部で、鎌倉時代からほぼ三百年にわたって有力武家として勢力を維持し、キリシタン大名として有名な大友宗麟の時代には、6カ国を支配して「豊後王」と称されたこともある大友家の盛衰と家臣たちに物語を描く赤神諒さんの「大友」シリーズの第2弾が本書『赤神諒「大友の聖将」(角川春樹事務所)』

第一弾の「大友二階崩れ」と第三弾の「大友落月記」は、大友宗麟が家を継いだばかりの頃、彼の近臣として仕え、大友家の隆盛に力を尽くした「吉弘家」の鑑理と鎮信親子の姿を通して、大友家が勢力を拡大する時のきしみやその犠牲となる武将を描いたのですが、本作はそれから数十年後、耳川の戦で島津勢に破れ、力を失っていく大友家で、滅びる家に殉ずるキリシタン武将の姿を描いています。

構成と注目ポイント

構成は

序 最後の盾
第一部 頬十字
 第一章 悪鬼
 第二章 敗者の祝福
 第三章 青銅の十字架
 第四章 蟻の約束
第二部 暁の贖罪
 第五章 戦場の聖者
 第六章 主よ、我を憐れみたまえ
 第七章 聖者の福音
 第八章 ヘラクレスの遺計
結び 槌音

となっていて、まず、第一部のところでは、本作の主人公となる「柴田礼能」の若い頃(柴田治右衛門の頃)の様子と彼が罪を得て蟄居生活に入るまでが描かれます。
この柴田礼能(天徳寺リイノ)という人は、Wikipedeaでもそんなに詳細に記述されているわけではなく、また本書の中でも彼の属する「柴田家」は「弱小な家」という表現がされています。家格的には門閥の厳しかった大友家の中では力のないほうであったと思われます。
で、そんな家出身の彼が大友宗麟や、宗麟の妻・奈多夫人に引き立てられたのは、そのイケメンと武道と機転によっていて、通常の「成り上がり物語」だと主家の権力闘争の間をくぐり抜けて出世していくのが定番なのですが、なんとこの物語の主人公は、主君・大友宗麟の側室を寝取って妊娠させたり、それがばれないように、同僚を闇討ちしたりと、まあ悪逆非道三昧ですね。最初のほうだけ読んでいると、これはピカレスク・ロマンなのか、と誤解するぐらいです。
ただ、彼の密通がばれて捕縛され、あわや処刑されてしまうか、という場面から、大友家の屋台骨を支える武将やキリシタンの宣教師たちによって、キリスト教に改宗し、悔い改めていくところは、トントン拍子に進むので、しっかりついていきましょう。この第一部は、本筋である「第二部」のちょっと長い「前振り」的な感じです。

この宗麟に恩赦を認めさせ、治右衛門の生命を救ったのが、当時、猛将で知られた「戸次鑑連(立花道雪)」なのですが、彼は、「大友二階崩れ」や「大友落月記」でも、反乱鎮圧の中心でありつつも、反乱側を武人として遇したり、と大友家を精神面でも軍事面でも支えた人物として記憶しておいたほうがよさそうですね。

故郷の「野津」での流い隠遁生活を経た後に始まるのが、本筋・クライマックスといえる第二部です。
ただ、この物語の主人公・柴田礼能の主である大友宗麟という人物が、女好きで、有能なくせに面倒になると物事を投げ出し、前言撤回も度々という人物なので、読みながらも物語のイメージングに苦労するのですが、単純に図式化すると、お家消滅の危機に、出現した「武将の殉教者」の姿を描いた、といった感じでしょうか。
戦場ものとしては、おそらく当時でも最強に近い島津の兵を擁し、日本で一・二を争う戦術家であった島津家久に押しまくられていく主家・大友家を支えていくものなので、戦は負け続きなのですが、「遺志」を次代に繋いでいくという雰囲気を示していて、単純な「滅び」の物語とも言えないのですが、一方で、女好きで、家中の信頼が高まっていく天徳寺リイノ(柴田礼能)に対して、嫉妬による妨害を行ってしまう主君・大友宗麟の姿もあってなんとも複雑な戦記となっています。

戦記ものとしては、攻めかかる島津軍に対して、防戦一方の大友軍が、上方勢力の到着遅れもあって、じわじわと追い詰められていく話なのですが、最後のところで、連戦連勝の島津家久に対し、島津勢が得意として、多くの敵を葬り去った「釣り野伏」に対して、「逆釣り野伏」をしかけて、一時的ではあるのですが、島津の勢い挫くあたりは悲壮かつ爽快でありますので、オススメです。

レビュアーから一言

後半部では、宮下英樹さんの「センゴク」の主人公である仙石権兵衛が秀吉の籠城命令を無視して島津家久に仕掛けて大敗し、彼を大転落させた「戸次川の戦」もでてきます。
この戦で上方軍が大敗した原因ともなった大友宗麟が戦場へ行かなかった理由が、お気に入りの側女に止められたためであったり、側女が止めた理由が、昔、父を殺したリイノへ復讐するためであったとされていて、これを聞いたら意気に感じて出城したセンゴクは怒り心頭であったことは間違いないでしょうね。

大友の聖将
大友の命運、そちと天主にゆだねる――― かつて悪鬼と呼ばれた聖将が、「愛」と「信」と「義」のために決死の闘いを挑む。 果たして奇跡は起きるのか。 『大友二階崩れ』が話題沸騰(第9回日経小説大賞受賞作) 大型新人による渾身の歴史小説エンターテ...

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