悪徳弁護士が敗訴確実な夫殺人の弁護を引き受ける理由は?ー中山七里「追憶の夜想曲」

少年期に少女誘拐殺人の犯罪者となり、少年院入所。出所後、司法試験に合格し、弁護士となって、高額な報酬と引きかけにどんな相手の弁護も引き受けるという異色の主人公・御子柴礼司シリーズの第2弾が『中山七里 「追憶の夜想曲」(講談社文庫)』です。

前巻では、死体遺棄の疑いをかけられながら、町工場の経営者の医療器の誤操作による死亡事故に偽装された半身不随の息子の携帯電話を使った医療機器誤作動による殺人や、経営者の妻の荷物の倒壊事故にみせかけた夫の殺害未遂を暴くとともに、御子柴自身の過去の幼女殺害の「贖罪」の姿を明らかにしたのですが、今回は、夫を殺害した主婦の国選弁護を引き受けることになるのですが、財産家でもないので高い報酬がとれる相手でもない弁護をなぜ御子柴が自ら進んで引き受けたのか、というのが事件の弁護とあわせて気になるところです。

構成と注目ポイント

構成は

第一章 弁護人の策謀
第二章 訴追人の懐疑
第三章 守護人の懊悩
第四章 罪人の韜晦

となっていて、御子柴弁護士が、犬養隼人シリーズをはじめ、中山七里ミステリーの常連格である、お金と名誉大好き弁護士の「宝来」弁護士の事務所を訪ねる所から本巻の本題はスタートします。

彼の事務所でまずやったことは、宝来弁護士が手広く全国的に展開している債務整理の業務が日弁連規程に違反するという「脅迫」で、相手の宝来弁護士もかなり痛いところを突かれたものであるらしく、見返りに何を要求されるのか、戦々恐々となるのですが、御子柴が要求したのが「国選弁護人」の交代です。

しかも、すでに犯行を自白している夫殺しの主婦の弁護案件で、およそ勝ち目もなく、高額報酬も期待できない案件で、なぜ御子柴がこの事件の弁護に固執するのか、ってのがまず第一の謎となります。

弁護する事件の内容をちょっと紹介しておくと、殺された夫は、以前はIT会社の社員であったのですが、そこを業績不振で退職勧奨で辞め、以後、自宅でフリーのデイトレーダーとし生計を立てています。

しかし、リーマンショック以降、そちらの商売もうまくいっておらず、今は妻のパート収入で一家が暮らしているのですが、夫は街金から投資資金を借りていて、家計はかなり厳しい状況。自室に引きこもったまま家族のことを気にかけない夫が邪魔になって、風呂に入っているところを背後から「カッターナイフ」で首筋の動脈を切って刺殺した、というものです。犯意をすでに自供済みで、夫の血のついたブルーシートを洗っているところを、訪れた義父に発見させた、というもので、トリックらしいトリックも考えられないような殺人事件です。

当然、弁護のほうも難航するのですが、おまけに相手となる検察官に、あのピアニスト探偵の父親に「辣腕」で有名な「岬検事」が就任することとなり、一層の苦戦が想定される弁護となります。

もともとの弁護方針は、被告に犯意や故意がなく、突発的な感情に基づく犯行であることを証明しようとするのですが、岬検事の巧みな法廷戦術もあって、検事側優位のまま裁判が進行していくのですが、犯行現場のごみ箱に入っていた「コンドームの包装袋」から疑問を抱いた御子柴は彼女の過去を洗い出し始めます。

彼女は、福岡生まれで、そこで妹におきた忌まわしい事件のために家族そろって神戸へ転居し、その後東京で就職しています。御子柴は、彼女が幼少期、妹の事件がトラウマとなって精神的に不安定な状況が続いていたことを見つけ出します。

そして、当時の主治医が、彼女の今の家の様子、フードプロセッサはあるが包丁のない台所や、角がすべて丸く加工されている家具といった様子から、被告が夫を「カッターナイフ」で刺殺することができないことをつきとめるのですが・・・といった展開です。これが明らかになる法廷の場面で、御子柴が被告の弁護を引き受けた驚くべき理由も一緒にハッキリするのでお楽しみに。

読者も想像のとおり、彼女の「無実」が御子柴の再調査と弁護によって勝ち取ることができるのですが、それが導き出す事件の真相が、彼女が求めていたものではないだろうところが、苦みとなって後から広がってきます。

レビュアーから一言

緊迫したストーリー展開の多い「御子柴」シリーズなのですが、今回、思わず「ほぁっ」とさせられるのが、被告の次女「倫子」の存在です。彼女は母親の無実を晴らしてもらうために、一人で電車を乗り継いで御子柴の事務所になってきたり、不愛想でこわもての御子柴をイイ感じであしらったり、無邪気にリードしたりする6歳の少女です。ところが、後から読み返すと、彼女の発言や、彼女と家族との会話の隅っこに、今回の事件の真相や真犯人のヒントが隠されていることがわかります。このレビューを読んでから原書を読む人はくれぐれも彼女の発言には注意しておいてくださいね。

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