毒舌刑事が、凶悪な心理操作犯に挑むー中山七里「毒島刑事最後の事件」

どんな凶悪な容疑者であっても、相手の弱点を瞬時のうちに把握して、陥落させてしまう腕利きに捜査員という経歴をもつ異色の人気ミステリー作家・毒島真理が、まだ現役の警視庁の刑事だったころの独特の推理と被疑者の「落とし」の数々を描いて、「作家刑事毒島」のビフォーストーリーにあたるのが本書『中山七里「毒島刑事最後の事件」(幻冬舎)』です。

ちゃらちゃらとしている風情を見せながらの鋭い洞察力と皮肉で饒舌な尋問力を駆使する毒島が、「ドクターデスの遺言」などではベテランの域に成長する前の犬養隼人を使いっぱしりにしながら、心理誘導を得意とする「教授」に操られる犯罪者たちと対峙していきます。

構成と注目ポイント

構成は

一 不倶戴天
二 伏竜鳳雛
三 優勝劣敗
四 奸佞邪智
五 自業自得

となっていて、まず第一話目の「不倶戴天」は、東京のビジネス街である大手町で、会社員が次々と射殺されるという事件が起きます。殺されたビジネスマンはいずれも人に恨まれるような人でもなく、犯人は、リーマンショックで就職できず、ようやく獲得したコンビニのアルバイトも店内でのバイトテロがもとでクビになった男で、世間への不満を晴らすために無差別殺人に走ったものですね。ただ、殺されたビジネスマンがなぜ抵抗のあともなく射殺されたのかは原書のほうでご確認を。この事件の取り調べをするうちに、「教授」とよなれる人物が犯人の自覚のないまま殺人をそそのかし、トリックもアドバイスしていることがわかってきます。

第二話の「伏竜鳳雛」は、文学賞の新人賞を主催していて出版社二社でおきる連続爆破事件です。どちらも、玄関ロビーに訪問者にまぎれて置かれた紙袋に入れられた爆弾を爆発させたもので、死亡者はでなかったものの、出版社の社員や、ロビーで打ち合わせをしていたモデルの女性たちが被害にあいます。なかには手首を飛ばされたり、顔に大きなキズを受けたり、とこれからの人生をさゆうするほどの被害がでています。犯人は出版社の文学新人賞に応募してきている人物の中にいると推測されるのですが、個人情報の塊を、日頃、警察とは対立関係にあるマスコミの象徴である出版社から提供させる「毒島」の手腕が見事です。
この事件でも、バリバリの文系で、理系に知識の少ない犯人に、爆発物の情報を教えて誘導する犯人の姿が見え隠れすることになります。

第三話の「優勝劣敗」では、婚活サイトで、お金持ちのエリートを射止めようと奮闘する女性三人が次々と濃塩酸をかけられるという被害にあいます。
被害にあった三人の女性は、けっこう強引な婚活活動で、他の会員メンバー、特にセレブ系の会員メンバーからヒンシュクをかっていた人たちで、容疑者として、喫茶店経営者、パチンコチェーンの社長の娘、コンピューター会社の営業部長という三人の女性が浮上するのですが・・といった展開です。

第四話の「奸佞邪智」は、息子を地元の乱暴者に殺された父親(?)が、数十年を経て、その加害者三人に次々と復讐をしていく事件です。手口は、入居している介護施設や、独居しているアパートを訪ね、殺鼠剤を水に溶かしてつくった硫酸タリウムを注射器で注入して殺すというものなのですが、以前に殺された「息子」の両親はいずれもすでに病死しているというじじつがわかり、犯人像がわからなくなります。その犯人は認知症が出ているのが話の中でわかってくるのですが、彼を心理的に捜査しているのが誰なのか、「教授」と呼ばれる前話までの黒幕なのか、というのが焦点になりますね。

最終話の「自業自得」では、いままで黒幕として犯人たちを操っていた「教授」の正体が、第四話の手がかりをもとに明らかになってきます。そして、その正体が他人を心理操作して犯罪を誘導する愉快犯ではなく、過去にある犯罪歴をもつ人物が抱えていた「鬱屈」を晴らすための仕業であることが判明します。ところが、犯人を逮捕したところで・・・という展開ですね。

レビュアーから一言

今巻の最後のほうで、毒島刑事が警視庁を退職した理由が明らかになるのですが、ぶっちゃけ、組織の尻拭いで詰腹切らされたという形なのですが、このあと、「刑事技能指導員」として犬養隼人や高千穂明日香のチューターとして復活します。
毒島にしてみると、組織の枷がはずれたところで、自由に警視庁の捜査一課と絡めるので、ひょっとすると彼にとっては絶好の立ち位置となったのかもしれません。なので、今巻のタイトルである「最後の」は、「専任の刑事」として関わる事件として「最後」という意味なので、作家刑事としては、これからも健在だと思います。

https://amzn.to/2WzEdTs

コメント

タイトルとURLをコピーしました