冤罪事件の陰の刑事と検事の二つの疑惑を見抜けー中山七里「テミスの剣」

中山七里ミステリーの向こう見ずで体当たりで事件を解決していく刑事たちには、その手綱をがっちりと掴んでいる、警視庁の犬養隼人には「麻生警部」、埼玉県警の古手川刑事には「渡瀬警部」といった上司がセットとなっているのですが、そんな上司のうち、ほとんどの人をビビらせること間違いない見た目ながら、博識で鋭い推理力と上司の操縦力をもつ「渡瀬警部」がまだ若く、冤罪をつくった中心人物となった黒歴史を描いたのが本書『中山七里「テミスの剣」(文春文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 冤獄
二 雪冤
三 冤憤
四 冤禍
五 終冤
エピローグ

なっていて、まずは新婚ほやほやの「渡瀬」刑事が、彼のチューター役となっている、「鳴海健児」という先輩刑事に連れられて、犯行現場に行くところから開幕します。彼は

ごま塩頭の五分刈り。中肉中背。風貌は十人並みだが目はキツネのように細くて陰険な色をしている、捜査畑ひと筋に歩いてきた男で、検挙率は署でも一、二を争う。なるほど新人の教育係には最高の人選だったが、人格もそうであるとは限らない。

と描写されているように、有能ながら、とても強引な捜査と取り調べをする警察官です。

渡瀬と鳴海は、不動産屋の夫婦が強盗に入られ刺殺された事件の捜査本部の一員として捜査をするのですが、捜査は長期化し難航します。ここで手柄をあげるのが、鳴海たちで、不動産屋夫婦がモグリの高利貸をしていたことをつきとめ、借金をこげつかせていた男性・楠木明大を逮捕し、昼夜を問わない尋問で自白を引き出します。決め手となっのは、被害者の血がついたジャンパーで、鳴海がとっておきの証拠として探し出してきたものですが、ネタバレしておくと、これがかなりの食わせモノなので、気をつけておいてくださいね。

そして、被害者の無実の訴えにも関わらず、警察の証拠固めや検察の起訴は鉄壁で、一審・二審とも被告の罪は「死刑」ということは揺るぎません。この刑に絶望した被告は獄中で自殺し、事件は「解決済み」のものとして扱われ、鳴海も定年退職し悠々自適生活に入ることとなります。逮捕から起訴、裁判の過程で渡瀬と二審の裁判官となった高遠寺静判事はなにかいやな気配を感じ続けるのですが、これは後の展開に向かた「助走」みたいなところですね。

この事件が冤罪事件として大きく動き始めるのが、五年後に起きた窃盗事件と輸入雑貨商宅の強盗殺人事件がきっかけです。渡瀬が、膠着する事件捜査を、「カギ職人」という普通の捜査員が思いつかないところから探り始め、容疑者を探り当て、さらに犠牲となった子供をネタに自白をひきだすところは「鳴海譲り」の捜査の技が確実に伝承されているのがわかります。
しかし、この敏腕さが思ってもみない事実を引っ張り出します。後の事件の犯人・迫水が、不動産屋夫婦の強盗殺人もやったと自白をし、被疑者の獄中死で決着したはずの事件が実は「冤罪」事件であったことが明らかになります。しかも、逮捕と起訴の決め手となった「血付きのジャンパーが「鳴海」の証拠捏造であったというおまけつきです。

冤罪事件を表にだそうとする渡瀬に対し、捜査の主導をとった浦和署の当時の署長から捜査一課の課長始め捜査員たちからの組織をあげてのもみ消し工作や妨害活動が続くのですが、彼は二審の裁判官を務めた高遠寺静判事の助言を胸に、別事件で知り合いだった恩田検事に協力を仰ぎ、事件を告発します。恩田検事は検察庁や法務省からの揉み消しを防止するために、マスコミへ情報をリークし、とうとう裁判所、検察庁、警察など司法全体をまきこむ大粛清へと発展していき、この事件の関係者は渡瀬と鳴海を除いて辞職したり、左遷されてしまうことになるのですが、この騒動はかなり読み応えありますので、原書のほうで。

で、ここでたいていのミステリーは冤罪事件のなんとかで決着していくのが通例だともうのですが、ここでもう一段階ひねりと展開がはいるのが、中山七里ミステリーのスゴイところで、冤罪事件のもととなった強盗殺人の真犯人・迫水が刑期を終了し出所してくるのですが、出所後立ち寄った公衆トイレで何者かに刺殺されてしまいます。彼には家族もいないので、出所日や時間は誰も知らないはずなのですが、彼が過去に起こした事件の関係者に何者かから出所日などを知らせる手紙が届いていたことを渡瀬がつきとめます。
この通知を出したのは誰なのか?、そして事件関係者にはすべてアリバイがあるのですが、一体だれがやったのか、といった展開です。
そして、殺された迫水が出所前に「埼玉日報」を読んで、新しい金ヅルを見つけたと喜んでいた話や、彼が不動産屋強盗殺人をした時に犯行現場から出てきたところを目撃をした中年のアベックがいた話から、渡瀬は今回の冤罪事件の陰にいながら冤罪事件の発生を止めなかった人物の存在をつきとめるのですが、それはなんと・・・、という展開で、ここから先はぜひ原書でお読みください。

レビュアーからひと言

七里ミステリーで捜査陣が隠している操作情報をリークして、世間を混乱させたり、捜査を撹乱させたりするのが、埼玉日報の「尾上」という記者なのですが、今回も冤罪事件のリークなどかなりの大活躍です。しかし、他の作品で、渡瀬が彼の動きが邪魔になっても最終的には泳がせて報道を許す理由が今巻の最後半わかりますのでお楽しみに。このほか、「犬養隼人」シリーズや「静おばあちゃん」シリーズの登場人物とかも出てきますので、楽屋落ちもお楽しみください。

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