女性裁判官の先駆者の名推理はいかがー中山七里「静おばあちゃんにおまかせ」

中山七里ミステリーでは、渡瀬警部や古手川刑事といった一癖も二癖もある警察官だけでなく、怜悧で有能ながら悪辣弁護士やピアニスト探偵の息子に邪魔をされる岬検事とか、法曹・警察関係者が登場するのですが、数少ない女性の法曹関係者のキャストで、渡瀬警部の若い頃を描いた「テミスの剣」で冤罪事件に巻き込まれて辞任した「高遠寺静」判事と孫娘の「円」が活躍するのが本書『中山七里「静おばあちゃんにおまかせ」(文春文庫)』です。

収録と注目ポイント

第一話 静おばあちゃんの知恵
第二話 静おばあちゃんの童心
第三話 静おばあちゃんの不信
第四話 静おばあちゃんの醜聞
第五話 静おばあちゃんの秘密

となっていて、今回のメインのキャストとなるのは「高遠寺静」判事と孫娘「高遠寺円(まどか)」という、祖母と同じ裁判官の道を目指している女性で、彼女の両親は子供の頃に飲酒運転に巻き込まれて死去しているという設定ですね。この女性に、警視庁の捜査一課の刑事・葛城が事件解決のアドバイスを求めていくという設定になってます。ただ実際に推理するのは、「円」から事件や現場の様子を聞いた「静おばあちゃん」というつくりですね。

第一話の「静おばあちゃんの知恵」では、葛城刑事のかつての先輩刑事の濡れ衣を晴らそう、という話。被害者となったのは神奈川県警の組織犯罪対策本部長の「久世警視」で、彼が部下の警部から銃で殺されるという事件が発生します。この警部は警察庁からの派遣組で、実は暴力団とズブズブの関係にある警視とは対立関係にあった、という設定です。銃弾は警視の体内に残っていて、その銃痕から、警部の所持する拳銃であったことが判明する、という設定です。
謎解きの鍵はしゃがんだ状態で、前方の斜め上から撃たれた被害者がなぜ仰向けではなくうつ伏せに倒れていたのか、というところです。

第二話の「静おばあちゃんの童心」は「町田のレディーガガ」と呼ばれる65歳の女性が自宅で頭部を近くにあった花瓶で撲殺されているのが発見される、という事件。
彼女は旧家の出身で、先祖は資産家だったのですが、次第に財産を食いつぶし、最近は子供や孫娘の行動にかなり過干渉になっているという設定。
彼女の死体を発見したのは、最近まで被害者と同居していて、今は都内にアパートを借りて別居した孫娘で、彼女が自家製のシフォンケーキを届けに来たら、自宅に鍵がかかっていて入れない生協の配達員に出会い、配達の時間指定までしているのに、t不審をいだき部屋に入って発見した、というところです。被害者はその日、都内のデパートを派手な服装でウィンドウショッピングをして店員たちに覚えられていて、帰宅後、犯行にあったことが推測されます。
謎解きの鍵は、この被害者の派手な格好そのものでなのですが、年齢に不釣り合いな派手な格好を見た時に、人は顔貌を詳細に覚えているのか?、というところです。

第三話の「静おばあちゃんの不信」は新興宗教の狂信者となっている警察幹部の娘さんを救出する話。その娘は、脈もなくなり、瞳孔も開いて死んでしまった「教祖」の死去の場面に立ち会うのですが、部屋を閉じ、教祖の復活を信じる信者たちが祈祷すると、教祖の死体が消失するという現象に出くわします。皆が出入り口を見守っている部屋からの謎の消失なのですが、両親からこの娘の確保を頼まれた静ばあちゃんの
アドバイスをもとに円が事件の謎解きをする、という展開です。

第四話の「静おばあちゃんの醜聞」では、東京の新名所となった高層タワーの建設現場のタワークレーンの中でおきた殺人事件です。このタワークレーンの一基で運転台にいた須見田という男性が突然、苦悶の表情を浮かべて突っ伏す姿がモニターに移ります。あわててクレーンの操縦室のある階上に工事関係者がエレベーターで上ると、レバーに手を掛けたままの状態で、脇腹にカッターナイフが刺さって絶命している状態で発見されます。被害者は外国人差別が激しい人物で、事件前にも同じ職場のクレーン操縦者の日系ブラジル人と激しい喧嘩をしていて、この男性が容疑者として逮捕されます。高層タワーの建設の遅れを取り戻すとともに、外国人労働者の不満を沈静化させるため、所轄署は強引な捜査をするのですが、そこに立ちはだかるのが葛城と「静おばあちゃん」の推理をひっさげた「円」で、という展開です。
外国人労働者の差別問題が、事件の日本人の真犯人の姿をくらましてしまうという皮肉な結果となります。

最終話の「静おばあちゃんの秘密」では、南アメリカのパラグニアという国の大統領が自分の銃で撃たれて死ぬという暗殺事件がおきます。「南アメリカ」で想像できるように、王政であったものをクーデターで軍人が実権を握った典型的な独裁国家で、大統領と同行している夫人は、その国のかつての王族という設定です。
そして、暗殺のほうは、フロア全室が貸し切られている状態で、大統領の部屋の出入り口を、警備をしている軍人たちが自室のドアを開けたままで監視するなか起きたものです。しかも、大統領の部屋から銃声が聞こえた時は、夫人はフロントと特別料理のことでもめているし、警備の軍人の部屋では、日本の警備陣やホテルの客室係がルームサービスを届けにきていて、全員、第三者がアリバイを証明している、という状況ですが、そのトリックは、という展開です。

この事件の後のほうで、「円」の両親の飲酒運転による事故死の犯人が、実は替え玉で、真犯人がこのことを封じ込めようとしていたことが、葛城と円を結びつける遠因となっていたことがわかりますね。

レビュアーから一言

本巻の探偵役である「静おばあちゃん」の推理は、全て「円」からの伝聞情報に基づいていて、全く現場に出ることなく行われます。さらに真ん中ほどで、かなり親密な仲になった葛城も最終話まで、円の家を訪問したことがない、という状況で最後まで、「静おばあちゃん」は表にでてきません。それはなぜ?、というのが最後の謎ですね。
謎解きのヒントは、他の作品にあって、「ネメシスの使者」の最後半で、渡瀬警部が葛城と円が墓地で出会うところにあるような気がします。

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