古い大学寮にでる、血まみれの亡霊の正体は?ー似鳥鶏「100億人のヨリコさん」

市立高校シリーズや楓ケ丘動物園シリーズのようなユーモア・ミステリーで知られる筆者が、突如としてホラー兼サバイバル小説に挑戦してみた、と思われるのが本書『似鳥鶏「100億人のヨリコさん」(光文社文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

本書の最初の舞台は、関東近辺のだいがくのキャンパスからスタートします。本巻の主人公・小磯くんは大学の教育学部の2年生で、今まで入っていた大学の寮から追い出されることになったのですが(この大学では入学して1~2年経つと、新入生に「キレイ」な寮を明け渡すのが慣例になっているようです)、貧乏学生ゆえに市中のアパートには転居できず、大学内では存在すら不明になっている、オンボロ寮の「富穣寮(ふじょうりょう)」に転居することとなったですが・・といった設定で始まります。

この寮は、大学内でも古くて「スラム」と呼ばれている寮酔いさらに奥まったところにある「サークル棟の裏から一端が見えるだけで実際はどれだけのサイズなのか計り知れない通称「四神池」及び時折首吊死体の発見される鬱蒼とした農学部演習林に挟まれた未開のエリア」にあるという代物で、

目の前の建物は予想していたよりさらに禍々しかった。壁や戸はすべて木製だが材木はすべて湿気と年月で朽ち腐り、焦茶と黒と灰色とまだらになってけば立ってる

という「明らかな廃屋」のような寮で、ホラー系ミステリーとしては申し分のない設えですね。
もちろん、こういう貧乏学生があやしげなアパートや寮に入り込む場合の「定番」として、あやしげな同居人が出現するのですが、このへんから、ユーモア・ミステリーの名手である作者の本領のでてくるところで、寮の「主」的な存在の「先輩」を筆頭に、寮近くの空き地で大量の巨大野菜を栽培している「儀間」さん、事故で下半身に障害があるのですが機械工学の天才「王」くん、ペナンからの留学生で呪術師の「マフトンジ」くん、そして学生ではないのですが、寮内に住んでいて、貧乏学生たちの食糧調達役でもある、シングルマザーの「奈緒」さんと彼女の娘の小学生の「ひかり」ちゃんといったキャストが登場します。

彼らと小磯くんが、歓迎の鍋パーティーで、四神池で水揚げした「鰻」こと泥鰌や、「鯛」こと鮒、そして「高級魚」こと鯉をさばき、演習林内の「裏の畑」でとれる巨大野菜を入れた、大量の灰緑色の灰汁のでてくる、寮の伝統的名物料理「詭弁鍋」とパンツで栽培したエメラルドグリーンの「パンツダケ」の天ぷら、そして消毒用エタノールを加工した医学部の銘酒「銘酒・死体洗い」で大宴会をするあたりは、もはや、何の話を読んでいるかわからなくなる混沌感が味わえます。

そんな混沌感とハチャハチャ感を味わいながら、これはホラー・ミステリーなのかという疑問が芽生え始めたところで、今巻の本当の主人公「ヨリコ」さんが小磯くんの前に出現します。彼女は

目をかっと開いた長い髪の女。東部から流れ落ちる血で頭の半分が赤く染まっている。流れる血が顎を伝い、首筋から鎖骨の間へ、胸元から赤字い筋を作っている。白いワンピースのようだったが、胸元に血が染みている。両手を三十度ほどに広げており、左手の前腕あたりと右手の掌が血で予汚れている、流れた血が周囲に広がっている。

という状態で、深夜の寮の部屋の天井に張り付いていたり、麿からぬっとでてきたりといった形ででてくるんですねー。不気味ですねー、といった展開です。

で、この「ヨリコ」さんは、この寮に住んでいる住人のうち、小学生の「ひかり」ちゃんは全員が目撃したことがあるのですが、小磯くんが、ヨリコさんの正体をつきめるために調査を始める、といった筋立てです。

そして、この「ヨリコ」さんはその姿から、この寮の近辺で以前に殺されたか事故死した女性だろうとあたりをつけて調査するのですが手掛かりなし。そのうち、今までは寮内だけで見えていた「ヨリコ」さんが寮を退寮した学生にも見えていることが判明し、さらには、街中で凶暴化しているヤク中の男にも姿が見えるようになります。ここで、一挙に、ヨリコさんを目撃する人物が日本中、世界中にあふれるようになって・・・という展開です。

ここから先は、ヨリコさんを生み出した「原因者」を探すために札幌に飛んだり、今までひっそりとした怪談物かとおもっていたのが、突然、変形した「ゾンビもの」への変わっていったり、と話が想像もつかない方向に暴走していきますので、振り落とされないようについていきましょう。詳しくは原書で。

レビュアーからひと言

ホラー・ミステリーというと、特定の場所や建物で起きた事件などの因縁が残っているところに、何も知らない第三者が紛れ込むことによって、それが活性化し、邪悪な意識が主人公たちに忍び寄り、といった陰湿な展開が多いのですが、本書の場合は、人間の記憶の種類の一つである、人間の視覚・聴覚などの五感のすべてと、その時の精神状態を含んだ「エピソード記憶」を計算すると容量が巨大すぎて脳の記憶容量内に収まらない。人間はエピソード記憶を「脳で覚えている」のではなく、どこか体外の空間に保存し、必要に応じてダウンロードしているのではないか、という「トンデモ扱い」されている奇説「ラジャ仮説」と結びつくことによって、世界的な「大災厄」譚になってきます。
前半から後半への展開がジェットコースター的に目まぐるしく動いていくのがなんとも刺激的な一冊に仕上がっています。

Bitly

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