高原のカフェの「一年」は季節とともに過ぎてゆくー柴田よしき「風のベーコンサンド 高原カフェ日誌」

バブルの頃にはペンションで賑わっていたのだが、バブル崩壊後、すっかり寂れてしまった元リゾート地の「百合が原高原村」を舞台に、都会からやってきた女性・奈穂のカフェ経営の一年間を描いたのが本書『柴田よしき「風のベーコンサンド 高原カフェ日誌」(文春文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

「風音」
「夕立」
「豊穣」
「夢鬼」
「融雪」
「花歌」

となっていて、まずは元リゾート地の「百合が原高原」のペンションを買取って改装したカフェ「Son de vent」の朝の開店準備のところから始まります。この店は、東京で出版社勤務をしていた今巻の主人公・奈穂が、閉館していたペンションを買い取ってオープンした店で、彼女は夫との離婚調停中で、このあたりの農産品を使った料理を出すカフェを経営してこれから暮らしていく予定のようです。ただ、ここも他の元リゾート地同様、バブル崩壊後、寂れていく一方で、かつて流行っていたスキー場も次々閉鎖しつつあるという厳しい地元環境ですね。

第一話の「風音」では、開店からしばらく経ってお客の少なくなって、これからの経営に不安の出てきた奈穂のカフェに、作業服に長靴という出で立ちの還暦ぐらいの男性・田中が来店してきます。彼は、昼ドラが観れるテレビがないか、とかちょっと場違いな要望を出してくるのですが、その理由は物語が進行していくに従って判明してきます。
そして、彼がランチで特別注文する、近くの牧場のものを使った、レタス・トマト抜きのベーコンサンドで

正解は・・・さくさくベーコン、だ。・・・フライパンでじっくりと、心持ち弱火でベーコンを焼き、しみ出した脂で赤みの部分を揚げるように火を通すと、残った脂肪の部分もさくっとした歯触りになる。・・・オーブントースターがチンと鳴って、ほどよく焼けたパンの上に直接ベーコンを敷く。言われた通り、マスタードではなく芥子をほほんの少し、さっとベーコンに広げる・

といった感じは思わず喉がなりますね。

第二話の「夕立」では、奈穂が東京を離れた原因となった夫が登場します。彼は大手の銀行員で、経済面では不自由はなかったのですが、毎日の暮らしの中での皮肉な発言や毒舌で彼女は精神的に不安定になったようです。そのため、離婚を申し出たのですが、旦那のほうは未練たらたら、というところですが、この男性の心をえぐるような発言には、奈穂の味方になる人が大半だろうと思います。

第三話の「豊穣」と第四話の「夢鬼」では、この元リゾート地に「リリーフィールド・ホテル」というリゾートホテルができ、そこの評判がすごく良いために、奈穂がカフェの料理でつかわせてもらっている農園であるとか、ベーカリーの経営者たちの心にさざ波が立ち始めてます。それはホテルによって経営が圧迫されるというベクトルではなくて、ホテルの提供するもののレベルの高さに圧倒されるという類のもので、奈穂が頼りにしている「あおぞらベーカリー」では、店をたたんで夫婦揃ってパン修行に出るところまで発展していきます。一方で、冬のスキー場での遭難事件から、奈穂の離婚話に一定の進展が見えてきます。

第五話の「融雪」と第六話の「花歌」では、冬の開店休業状態を経て春となり、カフェ経営も1年を経過した所で、奈穂のこれからが見えてきます。第一話でカフェを訪れた「田中」の正体もここではっきりとしてきますし、元旦那との円満離婚もできた彼女の新たな恋の期待も見えてくるところです。

レビュアーから一言

本巻はカフェを経営する一人の女性の「一年史」で、特段に謎解きとか事件とかがおきるわけではないので、ミステリー的な展開や波乱万丈のビジネスものを期待している方には物足りないとは思うのですが、落ち着いた読後感をもたらしてくれる物語です。ざわざわした心をちょっと落ち着けたいな、と思っている方にオススメです。

Bitly

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