大災害に紛れた国家転覆の陰謀を阻止するのは誰?ー中山七里「アポロンの嘲笑」

平成23年に起きた東日本大震災は、おそらく日本を襲った有数の災害として歴史に記録されると思うのですが、その大震災の直後の福島を舞台にした社会派ミステリーがほ本書『中山七里「アポロンの嘲笑」(集英社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 脱走
二 潜伏
三 去来
四 蠢動
五 終局

となっていて、まずは、東北地方を平成23年に襲った東日本大震災から5日後、まだ地震の余震がおさまらないなか、福島県石川郡平田村で殺人事件がおきるところから始まります。
事件のほうはこの村に住む四人家族の金城一家の長男・純一が、一家の長女・裕未の婚約者・加瀬邦彦に刺殺されるという事件が起きます。この邦彦と純一はともに福島原発の下請けの関連会社の作業員として働いているのですが、邦彦が裕未との結婚を申し込んだ所、兄の裕一が突然激昂しはじめます。そのまま争いになって純一が台所にある包丁を持ち出してきてもみ合いになり、仰向けになって包丁を構える邦彦の上に被害者となった純一が覆いかぶさって刺殺された、というものです。(このシチュエーションですでに「あれ」と思えるセッティングがされていたのですが、気がついた人はかなりのミステリーファンかもしれません。)

そして、通報を受けた警察が事件現場にでむき、加害者の加瀬を逮捕するのですが、ここから物語の本筋が始まります。警察の隙をみて、パトカーを飛び出し、冬の福島を逃走していきます。
当然、冬の雪が積もった厳寒の地で、しかも震災直後ということで、人の動きはほとんどなく、さらに飼われていたペットも野生化する中での逃亡なので、倒壊した工場の中から防寒用のジャンパーを盗み出したり、荒れ果てた人家に忍び込んで食料を盗んだり、凶暴化した家庭犬と命がけの闘いをしたり、と命がけの逃亡です。

で、この困難極まる逃亡の行き先は、なんと津波と地震に襲われ、壊滅状態にある「福島原発」で、しかも、彼の逮捕のために県警の刑事課だけでなく、東京の警察庁から「公安部」までが派遣されてくる異例の捜査陣となります。殺人犯を担当する刑事課だけでなく、思想犯を扱う「公安部」が、しかも県警だけでなくなぜ本省から?というのが今巻の謎解きの重要部分ですね。

さらに、彼が純一を殺害した理由と、原発を目指している理由を操作するため、金城一家や邦彦の過去を調べると、殺された純一が過去に執拗に絡んで金品を要求してきていた恋人の元カレを殺害して服役していたことや、金城一家も邦彦がともに阪神大震災の被災者であったこと、そして、邦彦が阪神大震災後に引き取られた親戚の上で迫害されていたことなどが明らかになるのですが、このあたりは邦彦の動機の解明に必須なので丁寧におっておいたほうがいいですね。

そして、物語のなかほどで邦彦が福島原発を目ざす目的がおぼろげに明らかになってきます。なんと、事故で壊滅状態になった福島原発の4号機の炉心近くにプラスティック爆弾が仕掛けられていることがわかります。幸いなことに爆弾はまだ爆発していないのですが、これが爆発するとむき出しになった炉心が吹き飛び、放射能を含んだ爆発煙が広がり、日本の半分以上は住めなくなるという事態がおきることが想定されます。この福島原発を目指している、加瀬邦彦の目的はこの爆弾を爆発させることなのでしょうか、そして、彼がテロリストの一員だとしたら、彼の背後にある勢力はあるのか・・・といった展開です。

加瀬の動きを執拗に追っていく刑事・仁科と、厳冬の中の逃避行で体ボロボロになりながら目的地を目指していく加瀬邦彦の話が並行して進んでいき、最後のところか感動のコラボをすることになります。

少しネタバレしておくと、原発に題材をとったサスペンス。社会派ミステリーという感じでありますかね。ラストシーンに向かって、主人公である邦彦が犯した殺人事件の真相や、彼が原発を目指す動機が明らかになってきて、「24」とか「アルマゲドン」の終わりのシーンを見るような感動的な終わり方をしてますので、最後までお読みくださいね。

レビュアーから一言

今巻の事件の黒幕としてでてくるのが、東アジアの某国で、震災後、暴落している日本国債を投資家に売り浴びせていくという日本壊滅と巨額資金の確保を狙っての爆破テロですね。もっとも、国際的な謀略を扱う方向にはいかず、ヒロイック・サスペンスに仕立て上げているのが、作者らしいところですね。

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