魔女の末裔の合成麻薬ヒートの売人殺しの濡れ衣をはらせるかー中山七里「ヒートアップ」

犯罪や法律違反の捜査や逮捕などを行う公権力というと「警察官」をまず思い浮かぶのですが、海上保安官や皇宮警察官など、警察官以外にも危険な業務に従事している司法警察官がいることを忘れてはいけないでしょう。
その中でも、一般の行政職員でありながら「麻薬取締」にあたる麻薬取締官、いわゆる「マトリ」を主人公にして、合成麻薬の捜査とその売人の殺人事件の謎解きが描かれるのが、本書『中山七里「ヒートアップ」(幻冬舎文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 同盟
二 急襲
三 混戦
四 潜入
五 戦場

となっていて、「魔女は甦る」の舞台となった、東京都と埼玉県の県境近くの山中にあったドイツの製薬会社・スタンバーグ社の研究所が焼け落ちてからほぼ二ヶ月後から始まります。

「魔女は甦る」では、警視庁生活安全局のエース・宮條貢平へ厚生省側の情報を提供したりしていた、宮條も一目置く「マトリ」七尾究一郎がメインキャストになります。冒頭のところで、麻薬を注射されても、全く「効かない」という特異体質を使って、囮捜査をしかけるといった相当、型破りの「麻薬捜査官」です。

彼ら麻薬取締官が追っているのは不良少年による大抗争と一般人を巻き込んだ大量殺傷事件の原因となった「ヒート」です。具体的には、この合成麻薬を、ヒートの効果検証のためにスタンバーグ本社の指令で安価に売りさばいていた「仙道寛人」という元スタンバーグ社日本支社のMR(医薬情報担当者」の確保ですね。
しかし、この最も新しく、凶暴な合成麻薬の確保を狙っているのは、マトリだけでなく、警察、日本の暴力団組織、チャイニーズマフィアという四つ巴の争奪戦が始まります。情報収集能力と捜査陣の手薄さで遅れをとる「七尾」は、暴力団組織・宏龍会のナンバー3・山崎岳海と手を組んで、「仙道寛人」の行方探しを始めます。ちなみにこの「山崎」という人物は、「御子柴」シリーズでもおなじみですね。

で、お得意のおとり捜査で、仙道をおびき寄せることに成功するのですが。見張りの一瞬の隙をついて何者かが仙道を殺害。その凶器のナイフに七尾の指紋がしっかりついていたことから、所轄の城東署に容疑者として勾留されることとなります。仙道殺しの場面では、犯人の独白が挿入されていて、ヒートによる暴動事件で娘が大怪我を負った母親らしいことがわかるのですが、ここには作者が仕掛けたミスリードの罠があるので注意が必要です。

この後、警視庁に移送されて取り調べをされれば、今まで後塵を拝してきた警視庁の捜査陣によって予断に基づく厳しい取り調べを受けることは間違いないところなのですが、なんと所轄署から警視庁への移送中に、宏龍会の山崎が護送車を襲撃し、逃走に成功します。そして、一番安全な逃走先として選んだのは、なんと、2ヶ月前に焼け落ちたスタンバーグ研究所の跡地です。ここは事故現場であるとともに、ヒートによる汚染地として、政府が立入禁止区域にしているのですが、七尾は「仙道」にヒートを供給していた人物をおびき寄せる意味も含めてこの場所を選んだようですね。

この狙いは半ば的中して、ヒートを提供していたかどうかの確証はとれないものの、スタンバーグ本社による研究員たちの粛清を免れた、元研究員の本田に、研究所内で出会うことに成功します。
七尾は、この本田に「ヒート」の解毒剤をつくることを交渉し、ヒートの製造方法を記した書類を探し求めるのですが、この動きと並行して、この研究所周辺を自衛隊とアメリカ軍が封鎖を始めます。彼らの狙いは、ヒートの汚染地の焼却による汚染除去とみせかけた、ヒートの情報の独占です。隠れていた研究所周辺へのアメリカ軍の焼夷弾の投下により、焼死の危機が迫る七尾と山崎、本田の最後の手段としてヒートを逆利用し・・ということで、大アクションシーンが展開されるのですが詳細は原署のほうで。
最後のほうで、「仙道」殺しの犯人が判明するのですが、ここにはしっかりと筆者お得意のどんでん返しが仕掛けられているのでお楽しみに。

レビュアーから一言

本巻は合成麻薬「ヒート」をめぐる事件の、「魔女は甦る」を前編とすると、これが後編という感じで、行方不明になり死亡したと思われていた「宮條貢平」の生存が明らかになるなど、ひょっとすると「マトリ」七尾究一郎もシリーズ化があるのかも、と期待したいところです。特に、この「ヒート」は軍需製薬会社のスタンバーグ社だけでなく、アメリカ政府も製法を入手したことになるので、おおがかりなサスペンスものあたりが書かれると嬉しいですね。

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