巨匠監督の撮影現場には事件と事故が山積みー中山七里「スタート」

中山七里ミステリ―の刑事役といえば、「ヒポクラテス・シリーズ」などにでてくる埼玉県警の渡瀬警部と並んで、「セイレーンの懺悔」や「夜がどれほど暗くても」などででてくる警視庁の強面で執拗な捜査が持ち味の宮藤刑事が代表格となるのですが、もともと、アクション映画のスターへの憧れが嵩じて刑事になったという熱狂的な「映画フリーク」です。

その彼の1歳上の兄が、同じく映画好きが嵩じて、映画の世界で飯をくっている人物というのはちょこちょことエピソード的に宮藤刑事の登場策にもでてきています。
その宮藤刑事の兄・宮藤英一を主人公に、映画の撮影所でおきる事件の謎解きを描いたのが本書『中山七里「スタート」(光文社文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 キャスティング
二 クランク・イン
三 アクシデント
四 クランク・アップ
五 公開

となっていて、まずは映画製作会社のセカンド助監督という立場で映画製作に関わっているのですが、最近の興行成績一辺倒で、テレビ局主導の映画製作の現場に少しうんざりし始めている本巻の主人公「宮藤英一」のところへ、彼が師事する映画界の巨匠・大森宗俊監督の次作の映画製作が決まった、という連絡が入るところから始まります。(ちなみに、作品は「災厄の季節」というミステリ―で、中山七里ファンならすぐわかるように、彼のデビュー作で、改題されて「連続殺人鬼カエル男」となっている作品ですね。)

ひさびさの大森監督による映画製作ということで、昔から大森のもとで映画をつくっているメンバー(「大森組」というそうです)は沸き立つのですが、ここでこの映画が共同制作で、主導は帝都テレビで、そこのプロデューサーの曽根が、配役も含めてかなり口を出してきます。。
その口出しも、チーフ助監督に帝都テレビの社員を押し込んだり、主演女優を帝テレビのTVドラマで人気のスキャンダル女優・山下マキに差し替えたり、とかなりの口出しで、あやうく空中分解しそうになるのですが、映画製作会社のプロデューサー・五社の奥さん・さつきが怒り心頭の大森監督をなんとかなだめる、という波乱の撮影開始です。

曽根の口出しはこれにとどまらず、大森監督を差し置いて、自社の推す「山下マキ」の出演場面を増やさせたり、撮影にも口を出そうとするのですが、これを大森監督が脚本家を味方に引き込んだり、持ち前の剛腕さで曽根を排除したり、といった感じで、スポンサー企業の横暴をはねのけていくのですが、ここらは、強いものを智慧をつかって挫いていくという、ヒーロー物語の典型的な展開で、かなり胸のすく思いが愉しめます。

帝都テレビの横暴を封じ、大森監督に最初は反感をもっていた俳優たちも、監督の映画人としての「凄さ」に心服して、撮影が進んでいくのですが、このままいくとミステリ―にならないわけで、ここで、本来なら表にでるはずのない映画脚本がネットに流出したり、撮影された映画の一部がYoutubeにアップされたり、帝都テレビのプロデューサー・曽根の頭部に撮影のライトが落下してきたり、さらには、精神障がい者が犯人になるという設定から、障がい者の人権保護をしているNPOを名乗る弁護士から抗議と撮影中止を要求されるといった妨害活動が入ります。ちなみに、この抗議をしてくる弁護士は、御子柴シリーズでおなじみの「宝来」弁護士なので、この行動の狙いはなんとなくわかりますよね。

さらに、主演女優である山下マキに角材が落下してくるシーンで、張りぼてに本物の角材が混じっていたことから、彼女が怪我をするといった、撮影の行方を左右する事故もおきます。(もっとも、この事故は、マキが主演女優として発奮するという副産物を産むのですが)

そして極めつけの事件は、帝都テレビから派遣され、大森監督に干されてメイキングビデオ撮影に回されているチーフ助監督の「吉崎」が撮影現場のトレーラーの中で刺殺体で発見されます。撮影所内には、外部から侵入できないので、前に起きている脚本やラッシュの流出事故も含めて、内部の人間の犯行ではないか、と警察の捜査が入ります。この捜査を担当するのが、宮藤助監督の弟の宮藤刑事、ということですね。

果たして犯人は、大森監督の撮影の邪魔になる帝都テレビ側の人物たちの排除を狙った「大森組」のメンバーなのか、果たして・・・、といった展開です。
少々ネタバレしておくと、事件や事故は連続して起きるのですが、犯人は一人とは限らない、というところです。

レビュアーからひと言

事件の謎解きとあわせて、本巻の魅力は、大物監督が最後の作品となるかもしれない映画の撮影現場を舞台に、監督や助監督、脚本家たち映画人の熱い想いが描かれるのと、テレビで売れ始めて天狗になっている俳優たちが、厳しい監督に鼻っ柱を折られながらも「俳優」として脱皮していく姿がいい味出しているところでしょうか。映画の撮影現場というのはいろんな魅力的なドラマの舞台にもなっているのですが、これもその一つといえるのではないでしょうか。

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