生活保護に潜む行政の「冷酷」への復讐劇?ー中山七里「護られなかった者たちへ」

2021年の通常国会での首相答弁で、新型コロナウィルスによる生活困窮者のセーフティーネットで「政府には最終的には生活保護がある」答弁が波紋を呼んでいるのですが、生活保護には、不正受給であったり、予算の限界による支給資格審査の過度の厳格化など、両方の面で課題が山積しています。

東日本大震災にみまわれた後の災害復旧が進められる宮城県を舞台に、生活保護をめぐって起こる殺人事件の謎解きを描いたのが本書『中山七里「護られなかった者たちへ」(NHK出版)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 善人の死

二 人格者の死

三 貧者の死

四 家族の死

五 恩讐の果て

となっていて、事件のほうは、仙台市青葉区の生活保護を所管する福祉保険事務所の担当課長・三雲が空き家になっているアパートの一室に監禁されて死んでいるのが発見されます。彼は、四肢をガムテープでぐるぐる巻きにされ、口もガムテープで塞がれて放置された餓死したもので、持っていたクレジットカードや現金には手がつけられていなかったので、強盗ではなく「怨恨」によるものだろうと推測されます。しかし、この殺害された人物の聞き込みをすると、物腰も丁寧で、人当たりも柔らかく、彼を恨んでいた人物はいないはず、と家族も職場の同僚、部下も証言します。

この証言を素直に信じられない担当刑事の笘篠と蓮田は、被害者の近辺を調べるため、被害者の部下の「円山管生」の案内で、生活保護受給者のところを回るのですが、娘の塾のお金を捻出するためアルバイトをしたためにペナルティを受ける母子家庭の母親や、不正受給をしていて、取り消されそうになると円山を脅迫してくるヤクザ者とか、勤め先を首になって困窮しているにもかかわらず、外聞を憚って受給申請をためらう老人とか、「生活保護」の様々な面を目撃することになります。

そして、手がかりがつかめない中、第二の殺人がおきます。今度の被害者は、汚職とか便宜供与など政治家につきまとう悪徳から無縁で、支持者や同じ政党だけでなく反対党の議員からも評判のいいベテラン議員・城之内が、第一の事件と同じように拘束された状態で餓死しているのが、近郊の森の中の農機具小屋で発見されます。

今回も所持していた現金は手つかずで、やはりなにかの「怨恨」が疑われるところで、捜査にあたっている笘篠たちは、被害者二人が、かつて同じ福祉事務所に勤務する職員であったことをつきとめ、当時の状況を捜査していくと、厚生労働省が生活保護の審査を厳格化するよう指令を出したことを受けて、申請を冷淡に処理し、多くの申請を撥ね付けて恨みを買っていることがわかります。さらに、その撥ね付けられた申請者のうちの一人が死亡していることがわかり・・・という筋立てですね。この事情も、このことを隠蔽しようとする福祉事務所の管理職たちのサボタージュ活動を警察の上層部の力を使ってはねのけて、やっとのことで掴んだ情報で、ここらに組織的にやましい事実であることを示してます。

ここで、場面が展開して、以前、生活保護申請のトラブルで被害者二人に殴りかかって逮捕され刑に服していた「利根」という男の回想に移ります。

彼はヤクザ者との喧嘩で半死半生になっているところを、「遠島けい」という老婆に助けられます。それが縁で、近くに住む母子家庭で母親が夜遅くまで働いている「カンちゃん」と「けい」さんと三人で、毎日晩飯をくうという変則的な共同生活を送ることとなります。利根は、「カンちゃん」をいじめている同級生を撃退したり、利根が勤めている鉄工所がヤクザにのっとられ、彼が前借り金を人質に仲間に引き入れられそうになったいるところを「けい」さんに助けられたり、と疑似「家族」のような関係になっていきますね。

しかし、この関係も長くは続かず、利根が別の会社に就職し、「カンちゃん」も母親の勤め先が遠くの町となったために、だんだんと「けい」さんのところへ通う頻度が落ちてきます。

「けい」さんは、以前は看護師をしていて、勤務年数が年金受給資格に満たず、今までの貯金を取り崩して暮らしていたのですが、それもそこをついてきて、食べ物にも困る貧困生活に陥ってしまいます。この窮乏から逃れるために生活保護を申請するのですが、福祉事務所の担当者の三雲たちが、あれこれ難癖をつけて申請を受理せず、とうとう彼女が餓死してしまい、それを怒った利根が福祉事務所に殴り込みをかけた、という経緯です。

そして、彼らが、家族のように思っていた「けい」さんを殺したも同然と思っている利根は、三雲や城之内の上司で、当時、事務所の所長をしていた上崎がその後ものうのうと出世し、現在はとあるNPOの理事となっていて、フィリピンへ買春ツアーにでかけていることを突き止め、上崎が仙台空港へ帰ってくるところを待ち構えます。

一方、利根の過去のことを調べた県警の笘篠と蓮田は、利根の身柄を確保するため、仙台空港で待ち伏せをするのですが・・・という展開です。今回も、真犯人の謎解きではあっと言わされるネタが用意されてますね。

レビュアーから一言

表題の「護られなかった者」というのは、真犯人が最終犯行の前に、SNS上に投稿する、社会保障制度からこぼれてしまっている人たちへの「決起」呼びかけるエントリーの表題でもあるのですが、犯人たちが「護ろう」としたものは何だったのか、というところとセットにすると「二重」の意味が含まれているようにも思われます。世間のいろんな問題を垣間見せてくれる社会派ミステリーなのですが、悪いことをしてきた者はしっかりと罰せられる仕立ては健在なので、「ざらり」とした読後感は残ることはないと思います。「イヤミス」や「社会派ミステリー」の苦手な方でも大丈夫と思います。

Bitly

コメント

タイトルとURLをコピーしました