異常な心理的欲求のもとに、１ヶ月以上にわたる一定の冷却期間を起きながら複数の殺人事件を繰り返す、いわゆるシリアル・キラーは、ミステリーやサスペンスの一大分野になっていて、中山七里作品でも「連続殺人鬼カエル男」や「切り裂きジャックの告白」などたくさんの作品が出版されていて、物語としては読むのは別として、現実の世界で出くわしたら恐怖この上ない存在であることは間違いないところです。
そんな「シリアルキラー」が万が一、隣室に住んでいたら、といったテーマに描かれるのが本書『中山七里「隣はシリアルキラー」（集英社）』です。
構成と注目ポイント
構成は
一 寺の隣に鬼が棲む
二 隣の疝気を頭痛に病む
三 隣の餅も食ってみよ
四 隣の貧乏鴨の味
五 汝の隣人を愛せよ
となっていて、まずは、大田区内にあるメッキ加工を営んでいる「ニシムラ加工」の独身寮から物語は始まります。この工場で工員として働いている「神足友哉」は、深夜に大きな音をたててシャワーを使う隣人に悩まされていて、もともと安普請で隣室の音が丸聞こえなので、シャワーの音で毎夜目が覚め、睡眠不足に陥っているという状況です。
しかも、単なるシャワーの音だけでなく、なにかを切断したり、砕いたりするような音も聞こえるようになり、「神足」は単なる夜中のシャワーだけでなく、犯罪の疑いも持つようになってくるという設定ですね。
工場の作業では劇薬も扱うので、睡眠不足のままの作業では命の危機も生じかねず、さらには犯罪の匂いもするので、「神足」は隣室の住人を捕まえ、文句を言うのですが、その相手は「外国人実習生」。来日したてのようで、日本語がうまく通じず、シャワーの中止もできなければ、犯罪の疑惑も晴らせないという始末ですが、神足はその実習生・徐の頭髪から立ち上る腐臭と、大きなゴキブリを躊躇なく踏みつぶす行為に、気味悪さを感じます。
この神足の疑念をさらに深めるように、大井ふ頭でバラバラ死体が発見されたり、「ニシムラ加工」の近くの工場に勤務する女性が行方不明になったりという連続行方不明事件が３件おきます。その行方不明になっている女性の両親が駅前で街頭の人に捜査協力を訴える姿を見かけた数日後、深夜に袋をもって外出する「徐」のあとをつけると、彼が近くの工場の廃棄物置き場にそれを投げ捨てるのを目撃します。その袋を神足が開けてみると、中には女性のものらしい腕が入っていて・・・、という展開です。この遺棄された腕は、どういうわけか最初に投棄された工場とは別の工場の敷地内で発見され、街頭で捜索を訴えていた両親の娘のものと判明します。
おそらく「徐」が行方不明になっている女性たちを殺害し、その死体をバラバラにして遺棄しているのではと推測する「神足」なのですが、徐の次のターゲットが、彼が恋人関係になりたいと思っている同じ工場の検査部門に勤める「別宮紗穂里」ではと心配になり、彼女の保護のため、自主警備を計画します。そして、その矢先、紗穂里の同僚で「ニシムラ加工」の検査部に勤める篠崎真須美が殺害され、側溝に放置されているのが発見されることとなります。
実は「神足」には以前にストーカで付きまとっていた女性に怪我をさせたという前科がある上に、出所後、職を得るためにある不正を働いているため、警察には匿名で「徐」のことをチクったりといったことしかできないのですが、それが禍して、警察のほうは、神足がこの連続殺人事件の犯人ではないかという疑いをもち、彼の身辺を洗い始めます。「神足」の過去がじわじわと薄皮をはぐように明らかにされていきます。
紗穂里の警備をしてもらうために、とうとう神足は自分が他人の戸籍を買っていたことを打ち明け、紗穂里の警護と徐の捜査をかちとるのですが、徐の部屋に踏み込んだ警察が見たものは・・・、という展開です。
ここで一旦、シリアルキラー殺人は解決かな、と思わせるのですが、ここでさらに「ドンデン返し」を仕掛けてくるのが、作者の真骨頂です。徐に狙われている紗帆里を守れるのか、連続殺人の真犯人は本当に「徐」なのか、ということで、真相のところは原書のほうでお読みください。少しネタバレしておくと、被害者はいずれも衣服の胸を開けた状態の時に殺されていることと、紗帆里が胸にコンプレックスをもっているあたりですかね。
レビュアーからひと言
今回、「神足」の過去の秘密を暴くきっかけを掴むために、神足や紗穂里たちの飲み会で合流して指紋を手に入れたり、と捜査面ではファインプレーを演じるのは、「静かおばあちゃん」シリーズ、法律家を目指している孫娘・円の恋人である「葛城」刑事です。
「静おばあちゃん」シリーズでは、円たちから、事件の推理を教えてもらったり、と頼りない一面を見せているのですが、本巻では酔っ払っているフリをして証拠を手に入れたり、とかなりの策士ぶりを発揮するので、確かめてみてくださいね。
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