エリート公安刑事の息子はテロリスト志願者?ー中山七里「テロリストの家」

国際的なテロリスト集団にまつわるミステリ―やサスペンスというと、取り締まる警察側か、あるいは、権力によって悲惨な仕打ちを受けた復讐を狙うテロリスト側か、両極端なスタンスのものが多いのですが、自分の家族がテロリスト志願者だったとき、自分や家族が世間のどんな渦に巻き込まれていくかをテーマに描いたミステリーが本書『中山七里「テロリストの家」(双葉社)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 見知らぬ同僚
二 見知らぬ妻
三 見知らぬ息子
四 見知らぬ娘
五 見知らぬ明日

となっていて、今巻のメインキャストとなるのは、警視庁公安部の外事第三課で国際テロ担当をしている、エリート警察官の幣原勇一郎とその一家。幣原は警察官になってから公安畑一筋に働いてきた警察官で、深夜まで及ぶ諜報活動も連続してこなす、典型的な仕事大好き、使命感ばりばりのポリスマンです。そして、彼の家族が見合い結婚した妻・由里子、学卒の時に就職浪人して大学院生となった息子・秀樹、女子高校生の可奈絵の4人家族で、エリート警察官らしく、セキュリティ万全の官舎のマンション住まいという、上層ランクの公務員という設定です。
そんな「仕事の鬼」的な幣原に、彼の上司から、深夜まで続くテロリストの監視業務から、定時であがる内勤の書類整理の仕事に業務変更するという指示が下ります。
今まで、警察の中でも国家の安全を担当する部署のエースで、本人もその自負があるので、「なんで俺が干されるんだー」っとなるのも無理ありません。

そして、その理由はしばらくするとわかります。幣原の息子で就活中の秀樹が、イスラム国の兵士募集に応募していた、という嫌疑幣原の勤務先である警視庁の公安部によって検挙されるという事態がおきます。彼は「ヒドラ」という名前で兵士応募をしていたほか、イスラム国のカバーをしていた防犯グッズ店「啓雲堂」を自ら訪ねていたということで、確実に公安的には「アウト」な状態ですね。

彼がイスラム国の兵士募集に応募したときは、少し前に、現地の日本領事館が襲われ、領事館員や日本人旅行者が彼らの人質になったり、公開処刑をされたりといった事件の後だったので、秀樹のイスラム国兵士への応募は、マスコミに注目されるとともに、多くの人から非難されることになります。
当然、この非難は応募した本人だけにとまるはずもなく、現職の警察官でありながら息子がテロリストの兵士に応募したことを防げなかったということで、警察内部で窓際においやられるとともに、マスコミの取材攻勢や、イスラム国に家族を殺された人々の怨嗟の的となってしまいます。さらに、官舎であったために、妻は周囲から白眼視されたり、娘が学校でイジメにあったり、と相当の迫害をうけることとなります。
その渦中で、幣原は、仕事一辺倒で、例えば、娘が小学校の時にイジメにあい、それを助けるために息子がいじめっ子の兄弟たちと喧嘩してボコボコにされて悔しがっていたことなど、家族のことは何も知らなかったことを思い知ります。このへんは目次の「見知らぬ・・・」が表現しているところですね。

そして、兵士募集の手引をしていた男の逮捕をして一先ず事件が落ち着いたところで、秀樹が保釈されてきます。警察の本音のところは、彼からほとんど肝心な情報がとれなかったので、泳がせて、テロリストたちの接触を誘うという作戦のようですね。
保釈になったとはいえ、マスコミも自宅周辺を取り巻いている状況なので、秀樹を自室に閉じこもらせておくのですが、彼は誰かに会うために、非常はしごを使って部屋を脱出するのですが、街へ出た後、地下街へ降りる階段から転がり落ちて死んでいるのが発見されて・・・、という筋立てです。

ここから先、幣原が公安部と捜査一課の両方を利用しながら、息子を殺した犯人を突き止めていきます。ところが捜査をすすめるに連れ、テロリスト集団の影はほとんど見えません。果たして、秀樹を殺害したのはテロリストたちなのか、そして、本当に秀樹はテロリストの兵士の応募したのか・・といった展開をしていくのですが、事件の真相のほうは原書のほうで。少しネタバレしておくと、「テロリスト」というおどろおどろしい影に惑わされないようにしましょうね、というところです。

レビュアーから一言

中山七里さんのミステリーでは、(善玉の)メインキャストとなる警察関係者は警視庁か県警かの違いはあっても、刑事畑の警察官であることが多く、公安関係の警察官は「アポロンの嘲笑」などにでてくるように、秘密主義者で、捜査一課の捜査結果を横からさらっていく、「上から目線」の人物が多いのですが、今巻の主人公・幣原はエリート意識が目立つところもあるのですが、まあギリギリのところでしょうか。最後のほうで、公安部にも報告できない秘密を抱えたまま、公安警察に従事していくようなので、続編があるとすれば、他の小説では見られない、捜査一課と連携する公安刑事の姿が見ることができるのかもしれません。

Bitly

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