学園一の美少女の転落死の謎を解けー中山七里「TAS 特別師弟捜査員」

学校の憧れのマドンナが昼休憩に転落死。それだけでも、同級生たちにはショッキングなことなのですが、彼女には自殺するような原因もなく、彼女の遺体からは麻薬が検出されるという事態へと発展します。女子生徒の死が事故なのか殺人なのか。転落死する少し前、彼女から放課後、話があると告げられていたクラスメートの高梨慎也が、転落死の謎を、従兄弟の警視庁捜査一課の刑事・葛城の協力を得ながら解き明かしていくのが本書『中山七里「TAS 特別師弟捜査員」(集英社)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 警察故事
二 師弟出馬
三 龍兄虎弟
四 ダブルミッション
五 奇蹟

となっていて、事件のほうは、本巻で探偵役を務める高校生・高梨慎也の同級生で、演劇部のマドンナ・雨宮凛が、校舎の4階の美術室の窓から転落死します。彼女は、お金持ちの開業医の愛娘で育ちもよく、おまけにクールビューティーな美人なので、男子生徒の憧れであった、という設定ですね。
彼女は学校の文化祭と市のコンクールで上演する演劇に練習に熱心に取り組んでいて、悩んでいるような気配もなかったことから、当初、事故の線で決着しそうになるのですが、検死の結果、彼女の遺体から麻薬が検出され、さらに彼女が常習者である証拠も出てきたことから、一挙に事件性が高まっていく、という筋立てです。

潜入捜査で「ミイラ取りがミイラに」

ただ、彼女は美人なうえに性格も明るく、誰にでも好かれる性格で、しかも成績も優秀という女生徒で、誰かの怨みをかうような存在ではなく、犯人も動機も手がかりがでてこないため、警察の捜査も難航していく、といった展開ですね。また、麻薬も絡んできているので、所轄署の捜査ではなく、警視庁の捜査一課の捜査に格上げされ、その担当に「慎也」の従兄弟の葛城刑事(この人は、「静おばあちゃんにおまかせ」シリーズの探偵役の高遠寺静・元判事の孫娘・高遠寺円さんの恋人ですね)がなったことから、「慎也」くんが探偵役として、「雨宮凛」の所属していた演劇部をはじめとして周辺の捜査員として潜入捜査を始めることとなります。

潜入といっても、演劇部は地下組織ではないので、真正面から入部するのですが、文化祭で上演する予定の演劇のヘレン・ケラーを題材にした「奇蹟の人」が、主演予定の雨宮凛の急死で上演不能の状態になりかけのものを、シナリオを改変して現代劇に仕立て上げるところから、ミイラ取りがミイラになり、演劇部の演出担当として上演の中心的存在として取り組むこととなります。

ところが、慎也が演劇部活動(と捜査活動を少々)を続けている中、第二の事件が起きます。それは雨宮凛を崇拝していた演劇部の後輩の1年生・大輝が、上演のための準備作業をしている体育館のステージから落ち、首の骨を追って転落死してしまいます。彼はステージの前段にある昇降部分が下がっていることに気づかず足を踏み外したようなのですが、誰かが大輝の作業中にわざと前段ステージを降ろしたのではないか、という疑惑が持ち上がり・・という展開ですね。
実は、転落死する作業に行く前、大輝は慎也に「楓先輩の周りにはサリエリもいた」という謎の言葉を告げています、「サリエリ」というのは、モーツァルトと同時代の神聖ローマ帝国の宮廷の宮廷楽長で、リストやシューベルト、ベートーヴェンを育てた音楽教育家でもありますね。ただ、モーツァルトと対立して、モーツァルトの作品の盗作や毒殺しようとした、といった噂が建てられていた人物なのですが、これが意味するところは、というのがキーワードですね。

校長たちの圧力をはねのけろ

一方で、雨宮や大輝の死によって世間の注目を浴びたり、警察の捜査が入ることをいやがる学校の上層部と理事会によって、死の真相究明があやふやにされそうになったり、演劇部の解散と文化祭の中止が画策されたり、と「大人」の手による様々な妨害が演劇部と学校生活に入ってきます。それに対して、「慎也」は、同じ演劇部仲間の、副部長で幼馴染の瑞希、脚本担当の汐音、大道具係で「凛」の彼氏だった翔平、皮肉屋ながら慎也の理解者である拓海たちと、その妨害の数々を撥ね退けていきます。
このあたりは、ミステリーというよりも、青春小説を読んでいる感じがして。思わず慎也くんたちを応援したくなると思います。
特に、この学校の校長たち教員の上層部が、理事会の密命を受けて、事件の捜査をしようとする警察の動きを封じようと、雨宮や大輝の死を事故死として早急に片付けようとしたり、演劇部の活動が元凶だと、廃部にしようとしたりして、保護者や世間の批判を浴びて撃沈したり、と高校生と体制側とのソフトなバトルものとしても楽しめるかと思います。

事件のほうは、慎也くんが拓海くんと舞台の大道具の材料の買い出しに、街中のホームセンターへ出かけたところで、拓海から、以前にその近くにあるラブホテルから、雨宮凛と翔平がでてくるのを、その時、舞台道具の買い出しで同行していた瑞希と目撃したという話や、雨宮が一時期、成績を下げて親からも叱られていたのが、突然成績が持ち直した話などを聞きます。ここらあたりから、事件の全貌が、慎也くんの頭の中に構成されつつあるようです。

事件の鍵は新旧のシナリオ比較

そして、文化祭本番の直近になってから、校長から、慎也の改作した台本が、「引き籠もり」を主人公にしているのが教育上好ましくないという理由で改作を命じられるのですが、慎也は、改作前の台本と改作後の台本を巧妙にすり替えて、改作後の台本で上演することに成功します。ところが、その二つの台本の違いを見比べた時、事件の真相に気付き・・・、という展開です。

文化祭での演劇部の上演も大成功となったその後に、演劇部員を集めて大輝の事件の真相と真犯人、そして、雨宮凛に麻薬を流していた人物を明らかにするのですが、それはなんと・・という展開です。さらに。ここで一件落着か、と思いきや。どんでん返しの名手らしく、凛を死に導いた「サリエリ」の正体がこの後に明らかになるので、最後まで気を許してはいけません。

レビュアーから一言

本巻の謎解きのヒントになる「サリエリ」ですがモーツァルトを毒殺したという噂は、真偽の程は明らかではなくて、一説には、長期間、宮廷楽長の座を独占している彼と、イタリア人である彼が属する宮廷内のロッシーニなどのイタリア派を追い落とすために対立する「ドイツ派」の流したデマだという説が有力のようですね。音楽家の世界も、権力争いが盛んなようで、芸術にも「生臭さ」がつきまとうようです。
ちなみに、このサリエリとモーツァルトとの対立を描いた映画「アマデウス」は、天才の才能を理解できる「凡人」の悲しさと狂気にいたる道を描いた名作です。残念ながら対応してくれている動画配信サービスはないようなので、興味のある方はDVDのレンタルサービスでどうぞ。

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