震災で引き裂かれた幼馴染同士の過酷なラブストーリーー中山七里「月光のスティグマ」

自然災害の多い日本では、数年おきに大災害がおきているといっていいのですが、中でも、予兆もなく人々の生活基盤を揺るがし、破壊し、以後の暮らしをおおきく変えてしまうのが「大地震」の悲惨な災害のうちの横綱級といっていいでしょう。
その大地震の中で、人々の記憶にまだ残っている「阪神大震災」によって引き離された幼馴染の双子の姉妹と主人公との別れとその後の数奇な出会いを描いたのが本書『中山七里「月光のスティグマ」(新潮文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

一 思春の森
二 運命の人
三 恋人までの距離
四 逢瀬いま一度
五 いのちの戦場

となっていて、物語はまず、阪神大震災がおきる数年前の神戸から始まります。

美人姉妹との仲を「阪神大震災」が引き裂く

本巻の主人公となるのは、神戸市の須磨区に住んでいる神川淳平と彼の幼馴染の八重樫麻衣と八重樫優衣という双子の姉妹です。三人は幼い頃から仲の良い遊び友達なのですが、そのつながりをより一層強くしたのが、近くの森で遊んでいる時に、変質者に襲われ、姉妹両方の頬にカッターナイフで傷をつけられたという事件です。幸い、近くを通りかかった大人によって変質者は撃退されたのですが、姉妹は傷をつけられた責任をとって、将来、姉妹のうちのどちらかと結婚する、という幼い頃の約束をとりつけられてしまいます。
さらに、小学校の時に姉妹の父親の経営する「メッキ工場」が失火して父親が死に、一家が大借財を抱えた時にも、淳平が二人を精神的に支えたことから、その絆はますます深くなり、地元でも評判の美人の成長していた姉妹にべったりと頼りにされるという「僥倖」に恵まれることになります。

さらに成長して中学時代になり、姉妹は、男子生徒から憧れの的になっても淳平への好意を隠すことなく接してきます。姉妹のうち、控えめな「優衣」のほうに惹かれる淳平は、ある日、彼女に告白し彼女も同じ気持ちであることを確かめるのですが、その夜、以前から姉妹に関心を持っていた淳平の兄・省吾が「麻衣」を廃工場に呼び出し、麻衣が省吾の腹を突き刺すところを目撃します。

大好きな姉妹の犯行をどうするか、淳平が悩んでいた翌朝、「阪神大震災」が神戸を襲い、省吾の死体を焼き尽くすだけでなく、淳平の両親、幼馴染の麻衣とその母親の命も奪ってしまいます。そして、助かった優衣は淳平とともに避難所にいくのですが、その後、親戚の人と一緒になり淳平の前から姿を消してしまいます・・という展開です。地震がおさまってからも、淳平には、兄を刺したのは本当に麻衣なのか、そして自分が助けたのは本当に優衣なのか、という疑問をいだきながら成長する、という筋立てです。

再会した幼馴染は、政治家の裏金疑惑の本丸

淳平は芦屋に住んでいた叔父に引き取られ、学生生活を順調に過ごし、大学卒業後、検事となり、東京地検の特捜部に勤務しています。まあ、かなりのエリートですね。そんな彼が担当しているのが、政治家の裏金の摘発で、時代設定的には、長年続いてた保守政権が瓦解し、革新政権が誕生したものの失策続きで、じわじわと保守勢力が政権奪回を狙っている時期となっているので、まあ、権力闘争の激しい時代で、その分、隠れた金銭のやりとりも激しくなるというものです。
淳平は、上司から、保守政権のホープとして権勢を伸ばしている若手の二世議員・是枝の特命捜査を命じられ、彼が理事を勤めている震災孤児の育成資金を助成をしているNPOの内偵調査を始めます。
そこで出会ったのが、阪神大震災の時に、離れ離れになり、その後音信不通だった「八重樫優衣」です。彼女は宮城県に住む叔母に引き取られて成長した後、是枝議員の政治思想に賛同して彼の私設秘書を務めていた、という筋立てです。

是枝議員はその爽やかな風貌と、善悪はっきりした政治的主張で人気の政治家なのですが、その陰で「震災孤児支援」を隠れ蓑にして政治資金を捻出していることと、優衣を愛人にしていることから、淳平は、公憤・私憤ないまぜになって、この裏金作りの調査を容赦なく進めていくっていうところですね。
ここでは、銀行の支店に圧力をかけて、関係者や資金の流れを掴んでいく検察の動きと、秘密を守り抜こうとするNPO関係者と検察官としての淳平の虚々実々の駆け引きが繰り広げられますので、そのあたりもお楽しみください。

アルジェリアで淳平と優衣を過激派が襲う

そして、このNPOを使った裏金づくりは、東日本大震災がおきて寄せられる支援金の額が巨額化するとともに、革新政権の失策が続いて政権交代が現実のものとなったため、その規模も巨大化していきます。今までのフレームでは大量に流れ込み裏金資金を処理できなくなったNPOは、支援の対象を国内の災害孤児だけでなく、海外の戦災孤児まで対象を広げることによって、海外の拠点を通したロンダリングを図ろうとします。
この資金の流れをつかむため、優衣のあとを追って、アルジェリアのNPOの支部へと出向いた淳平は、資金のロンダリングの証拠書類を盗み出すことに成功するのですが、アルジェリアから日本へ向けて出発する直前、イスラム強硬派による内乱がおきることとなります。
そして、イスラムゲリラが迫る空港を離れ、日本大使館に非難した淳平と優衣なのですが、そこもイスラムゲリラに占拠され、外国派遣軍の撤退を要求する彼らのよる「公開処刑」が始まるのですが・・・という展開です。ここから先は、原書のほうでご確認くださいね。ちなみに、阪神大震災の時以来、淳平が抱いていた疑問も最後のほうで解決いたします。

レビュアーから一言

本巻はミステリーというより、阪神大震災で引き裂かれた幼馴染の再会のラブストーリーと隔たってしまった二人の間で展開されるサスペンスといった感じです。
本来であれば、震災孤児への寄付金を政治資金の流用の主犯格ともいえる「八重樫優衣」なのですが、なぜかとても魅力的に描かれているのが予想外ですね。

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