「猫」が操る江戸の名探偵は失踪事件の謎を解くー西條奈加「猫の傀儡」

「傀儡」というのを調べてみると「あやつり人形」「人の手先となって思いのままに使われる者」という意味で、褒め言葉ではないのですが、ひょっとしたら、自分は誰かに操られていたり、巧妙に誘導されているのでは、と自分自身を疑ったことは誰しもあるはず。ただ、、その時の「操ってくる」のも人間で、操られるのは「人間」か「動物」か「人形」というのが通例なのですが、ひょっとすると「操られている」のは人間のほうで、操っているのは「猫」、という設定でスタートする、「猫」目線の時代劇ミステリーが本書『西條奈加「猫の傀儡」(光文社時代小説文庫)』です。

構成と注目ポイント

構成は

「猫の傀儡」
「白猫仔猫」
「十市と赤」
「三日月の仇」
「ふたり順松」
「三年宵い待ち」
「猫町大捕物」

となっていて、舞台は江戸時代で、江戸の百軒をしのぐ米屋が立ち並ぶ「米町」というところ。ここは米を扱う店が多いためネズミが多く、米を守るために猫を買う家も多く、しかも家猫だけでなく、野良猫も大事にされたことから「猫町」とも呼ばれているところです。ここに住みついている野良猫「ミスジ」が、「傀儡師」に任命されることから物語が始まります。
猫の傀儡師というのは、「暇であること」「察しと勘が良いこと」「若い猫並みの数寄心を持ち合わせていること」「猫が好きなこと」といった条件の人間を遣って、その人間を操り、猫のために働かせる、といったお役目の猫という設定で、新しい傀儡師「ミスジ」の傀儡は、おっとり長屋の「阿次郎」という売れない「狂言作家」となっています。

まず第一話の「猫の傀儡」は、こういった舞台設定と役回りをざっくりと語った後で、猫町の三丁目の履物屋に飼われている「キジ」というジキトラ猫から。「花盗人」の疑いを晴らしてくれ、という依頼が持ち込まれます。キジは履物屋の近くの唐物屋の飼い猫「おシマ」に惚れていて、彼女を口説くために毎日通っているのですが、その通り道にある銅物問屋のご隠居が大事にしている「朝顔」の鉢を壊して植わっている植物をバラバラにしてしまった、という疑いが賭けられています。この朝顔が変種の珍品で、大身の御武家さまに献上されることとなっている上に、その縁で銅物問屋の孫娘がこれも大身の旗本のところへ輿入れすることになっていたので、その大本の「朝顔」が駄目になるとすべてがおじゃんになるため、銅物問屋の御隠居は「キジ」を始末して三味線の皮にすると大激怒しているわけですね。
この頼みを解決するため、「ミスジ」は、傀儡の「阿次郎」を遣って、銅物問屋に聞き込みに行きます。そこで事情を聞いているうちに、孫娘の挙動がちょっと怪しいことに気付くのですが・・、といった展開です。ここでは、この店に出入りしている棒手振りの魚屋が、イケメンな上に魚河岸の大きな魚問屋の若旦那で、店を継ぐ前の修行をしている境遇で、ってなところがヒントになります。

第二話の「白猫仔猫」は、大福屋という店の縁の下で、6匹の子猫を育てている「おトラ」というトラ猫からの依頼です。彼女の子どもの一匹の黒猫が、大福屋の隣の両替商の「おけい」という七歳の娘と一緒に誘拐されてしまいます。おけいの身代金として、百両のお金が要求されてくるのですが、どういうわけか受け渡しは5日後、という妙な要求です。この両替商は大店で百両のお金ならすぐにでも用意できる状況ですし、身代金の受け渡しが遅くなればなるほど、足がつく可能性も高まるのに・・という筋立てです。実の娘ではあるのですが「おけい」のことを嫌っている母親は、「おけい」が悪だくみをして、偽装誘拐を仕込んでいるのだ、と言い出すのですが・・・、という展開です。

第三話の「十市と赤」では、「ミスジ」が育った猫町の隣町にある荒れ野原に住む老猫の飼い主に降りかかった災難を解決します。その飼い主・十市に風呂屋の主人を大けがをさせた疑いがかかって捕まったのですが、その事件の前に、十市は彼に届いた手紙で現場に呼びされていて、誰かに嵌められたのは明らかです。しかし、彼は知的障がいがあって、そのあたりの事情をうまく奉行所に説明できず、このままでは風呂屋への傷害犯として罰せられそうなのですが・・・という筋立てです。

第四話の「三日月の仇」の事件は、武家屋敷の多いあたりにおきる猫や鳥をめった突きにして、首を斬る、という猟奇的な動物虐待事件です。「ミスジ」は子どもにイジメられている雌烏を助けたことから、このめった突きが、吹き矢によるものであることを突き止め、十歳ぐらいの旗本の男の子にあたりをつけます。しかし、猟奇的な虐待をしたわりには、その男の子は、犯行の時、悲しそうな顔をしていたということなのですが・・・という展開です。

第五話から最終話までは、「ミスジ」の先代の傀儡師「順松」の失踪に関わる謎解きです。先代の「順松」は「ミスジ」の兄貴分格なんですが、あるとき、突然、彼の傀儡であった「時雨」という根付師とともに姿を消しています。この「時雨」という根付師はもとは雪駄問屋の「大西屋」の主人であったのですが、店を継いでから十年ほどたった時に、まだ若いのに隠居し、さらには妻を離縁して弟と結婚させ、弟に店を継がせた、という変わり者です。
この「時雨」が贔屓にしていた芸者がいたのですが、その名前も、猫と同じ「順松」。どうやらその芸者さんの名前から、ミスジの兄貴分の猫の名前をつけっとうですね。そして、その芸者の「順松」姐さんも、「時雨」と同じ時期、大川の花火の頃に行方知れずになっていて・・・、という筋立てです。兄貴分の猫の「順松」は、烏からずたずたに斬られて殺された、といいう話も舞い込んできますし、芸者の「順松」は、元は大店の一人娘で、幼いころに盗賊によって家族が皆殺しにされたという悲惨な過去があることもわかり・・といった話もでてきて、「時雨」の若すぎる隠居のワケも含めた、謎がハラハラと解けていくところは、なにか爽快感も感じます。最後のほうでは、時代もの特有の悪党と闘う「アクションシーン」も出てきますのでお楽しみに。

レビュアーからひと言

西條奈加さんは、もともとのレビューが「金春屋ゴメス」のようなファンタジー系のせいか、時代ものでも、「人間」でない「動物」とか「妖し」を主人公にしたものがときたまあるのですが、今巻も、主人公を「猫」にして、猫の事件+人の事件の謎を解く、といったつくりになっています。
人間を主人公にすると事件の生々しさがでてくるところを、「猫」を主人公にすることによって、人間が気づかないところに気づける仕掛けも織り込んだ、味のある時代ものミステリ―に仕上がっているように思います。重たい政治ネタは皆無なので、シニア層に、軽ーいエンターテインメントとしておススメです。

Bitly

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