千駄木の裏長屋の人情ばなしで、心を癒そうー西條奈加「心淋し川」

市井の片隅で、降り掛かってくる不幸に押しつぶされることなく、前向きに生きていく庶民を描いて定評のある作者が、今の東京の千駄木あたりを流れるドブ川のほとりにある長屋を舞台に、心にわだかまりや過去を抱えながらも、明るく生きていこうとする人々を姿を絵型のが本書『西條奈加「心淋し川」(集英社)』です。

本作は、第164回の直木賞の受賞作となってます。

構成と注目ポイント

構成は

「心淋し川(うらさびしがわ)」

「閨仏」

「はじめましょ」

「冬虫夏草」

「明けぬ里」

「灰の男」

となっていて、今の東京都の文京区の北東端にある「千駄木町」の一角の小さなドブ川の流れる裏町「心町」にある貧乏長屋を舞台に物語は展開されます。

第一話の「心淋し川」の主人公は、この川の近くの長屋に住む「ちほ」というお針仕事をしながら父母と暮らしている娘です。彼女には、姉がいるのですが、その姉「てい」はすでにお嫁にいっていて子供までいて、長屋には寄り付かない状態なのですが、母親からはいつも姉の針仕事の手際の良さと比べられて劣等感を抱いている、という設定です。

彼女は、この淀んだような長屋から脱出するため、上絵師の若い職人と付き合っているのですが、ある時、呑んだくれの父親が、いきつけの居酒屋で、その元吉をひどく殴りつけるという暴挙にでて・・・という筋立てです。

好きな男に乱暴されて、怒る「ちほ」なのですが、実は元吉は師匠のススメで京都に修行に行くことを決心していて・・・というところなのですが、「ちほ」に意外な「白馬の騎士」が現れることになる展開にはびっくりですね。

第二話の「閨仏」は「りき」という青物卸の大店の「大隅屋」のお妾さんが主人公です。この大隅屋は不美人が大好きで、「りき」をはじめ4人のお妾を囲っていて、全員をひとつの長屋に住まわせている、という奇妙な性癖をもっています。

「りき」はこの4人の中でも最年長で、最近はとんと寵愛がないという状況なのですが、彼女が気まぐれに始めた木製の「大人のぽもちゃ」の彫り物が妙に出来がよくて、思わぬ展開へと結びついていきます。

第三話の「はじめましょ」」は「心町」にある、「四文屋」という安価な飯屋が舞台となります。四文屋の名前の由来は、冷奴やひじき煮といった小鉢なら四文銭一枚、芋の煮っころがしや炙った鰯は二枚、飯と汁が合わせて二枚、すべて四文銭で片がついて、蕎麦一杯の値段で腹いっぱい食えるという店ですね。ここは、もともと有名料理やの板場にたのですが博打でしくじって店を辞めた板前「稲次」が主人だったのですが、病気で亡くなった跡を弟弟子の「与吾蔵」が継いだというという経緯ですね。

で、与吾蔵は、食材の仕入れのついでの「根津権現」にお参りすることにしているのですが、ある時、「はじめましょ」で始まる尻取り唄を歌って、神社の階段で母親の帰りを待つ「ゆか」という七歳の女の子と出会います。彼女は与吾蔵に、昔、子供を身ごもったことで別れてしまった女性のことを思い出させるのですが・・・という展開です。

実は、「ゆか」の母親は、与吾蔵が別れた昔の恋人で、といったあたりは予測のつくところなのですが、その先にさらにドンデン返しがあるので、気をつけましょう。

第四話の「冬虫夏草」で、表題になっている「冬虫夏草」はきのこの一種で、土中にいる虫の幼虫に規制して、冬の間は虫は生きているが、夏になるときのこの菌に幼虫は殺されてあくさとなってしまうもので、高価な漢方薬とされているものですね。

この話に主人公の女性「お吉」は昔、大店の薬種問屋の女将だったでですが、息子を甘やかして育て、彼が放蕩息子となった上に、贅沢好きな金持ちの娘を嫁にもらったために、店の身代が傾いてしまった、という境遇。しかも、息子が盛り場で喧嘩に巻き込まれて怪我をして、身体が不自由になったため、それ以来、酒浸りになって、とうとう店も手放してしまった、という身の上です。

彼女は、自分の書道の腕で、なんとか、息子と二人暮らしているのですが、次bンが冬虫夏草のように「寄生」されているのを嘆いて暮らしています。

しかし、一見、寄生されているように見える「お吉」なのですが、本当は・・・、というところで、中野信子さんの「毒親」を思い浮かべさせるような後味です。

第五話の「明けぬ里」の主人公は、根津の岡場所で女郎をしていて、年季が明けて今は職人の女房となっている「およう」という女性が主人公です。彼女の亭主は、博打好きで、暮らしを支えるため、女郎宿も兼ねた見世で働いています。その見世へ行く途中、暑さで具合が悪くなったところで、金持ちの札差に見受けされた「明里」という売れっ子花魁だった昔の遊郭の同僚に出会います。

彼女は、「およう」にご馳走してくれ、さらに自分が妊娠していることを教えてくれるのですが、そのときになにか妙な冷たい違和感を観じるのですが・・という話。

はたから見ると幸せ一杯そうに見えていても、実は暗い「想い」が隠されていて、という展開ですね。

最終話の「灰の男」は、今巻の舞台となっている長屋の差配をしている「茂十」に関わる話で、実は彼は元奉行所の同心で、昔、江戸市中を荒らし回っていた盗賊の親玉を隠密で探っているといる人物です。というのも、以前、「茂十」こと「久米茂左衛門」の息子が、その盗賊を捕まえようと自主的に仲間と見回りをしている最中に、その盗賊によって殺害されてうて、その仇討ちでもあるんですね。そして、「茂左衛門」は、この「心町」に住みついている「楡爺」という浮浪者が、その盗賊の親玉であることをつきとめるのですが、それを証明する証拠をつかむために、「差配」として長屋に潜入しているというわけです。

彼の息子は、盗賊一味の中の若い盗人を殺したことで、盗賊の親玉に逆上されて殺されたのですが、実はそこには隠された訳があって・・という展開なのですが、子を思う親の愛情が交錯する筋立てになってます。

レビュアーから一言

「世直し小町りんりん」のようなアクション満載の時代ものから、「無暁の鈴」のようなしんみりとした話まで、同じ時代物でも、幅の広さを見せてくれる筆者なのですが、今回は、江戸市中の目立たない下町を舞台に、貧しい庶民のしんみりとした人情話を展開してくれてます。

大きな政治的な事件もなく、派手なバトルやアクション・シーンはないのですが、「人情もの」としていい仕上がりになってますので、精神が荒々しくなっているときに、今巻で心を宥めてみてはいかがでしょうか。

Bitly

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