脳科学と古代ローマから「新型コロナ」を分析するーヤマザキマリ・中野信子「パンデミックの文明論」

脳科学の専門家で、脳や生理学、心理学の専門知識を踏まえた、一般人とは一味違う角度からの論評が有名な「中野信子」さんと、テルマエ・ロマエやプリニウスをはじめギリシア・ローマ時代を舞台にしたマンガや国際人としてのコメントが鋭い「ヤマザキマリ」さんという、当世を代表する二人の女性論客が、新型コロナウィルスの話を底において、世界各国の感染対策からその国のお国柄や民族性、さらには人類共通の心理構造について、自由自在な「文明論」を繰り広げた対談集が本書『ヤマザキマリ・中野信子「パンデミックの文明論」(文春新書)』です。

「パンデミックの文明論」 構成と注目ポイント

構成は

第1章 コロナでわかった世界各国「パンツの色」
第2章 パンデミックが変えた人類の歴史
第3章 古代ローマの女性と日本の女性
第4章 「新しい日常」への高いハードル
第5章 私たちのルネッサンス計画

となっていて、まず第1章では、イタリアを含めヨーロッパの生活の草の根的知識のあるヤマザキマリさんからイタリアの新型コロナへの

ロックダウンなんてことをしたら、観光に大きく依存しているイタリアの経済は死んでしまいます。そういった弊害は考えていないのかと問えば、「経済は生き延びている人間がいればなんとかなる、歴史上でもそうだった。お金と人命、どっちが大事なの?」と返されました。

という反応は意外でした。コロナウィルスの第1波のときは、ヨーロッパでは、北欧では、アメリカではといった経済優先派の論調が目立っていたような気がしていたので、ここは正確な情報に基づく判断が大事なことをあらためて認識した次第。
それと、二人の会話で各国の新型コロナ対策へのスタンスが同じようでも微妙に異なっていることがわかるのですが、ここは

ドーパミン受容体の、あるタイプの遺伝子の分布から見るとスペイン、アルゼンチン、ブラジルあたりにそういう傾向の人が多いようです。ラテン系の人たちは我慢するよりも、多動的に素早く動くことによって利益を最大化する戦略を取ってきたのですね。日本人みたいにじっと耐えて、最後に美味しいところをもらおうとは考えない。

といった、中野信子さんんの「脳科学的」な民族の特徴分析に思わず納得してしまうかも。さらに、「コロナに打ち勝つ」といった論調は、もともとは14世紀ヨーロッパの「黒死病」パンデミックの時のキリスト教にスタンスに由来していて、日本人古来の「蘇民将来」に見られる疫病への向き合い方と異なっているといったあたりは興味深いです。「コロナを克服してオリンピック」や「コロナに負けるな」的なスローガンが最近多いことを考えると、どうやら日本人の思想構造のかなり「ヨーロッパ型」になっているのかも、と思ったところですね。

そう考えると、第2章の「パンデミックが変えた人類の歴史」は、afterコロナで、私たちの生活や社会がどう変化していくかの予測をたてるにおさえたおかないといけない章かもしれません。ヨーロッパの「ペスト・パンデミック」の後には「ルネッサンス」が到来したのですが、今回の「コロナ」後はどうなるんでしょうか。本書の後半部分の

『フォーブス』が、コロナ対策に成功した女性リーダーの特集を掲載していましたね。
そこに出てくる国は、メルケル首相のドイツをはじめ、アイスランド、ニュージーランド、フィンランド、デンマーク、ノルウェー、台湾。でもね、必ずしも女性のリーダーが偉いわけじゃなくて、システムの違いなんだと思うんです。
つまり、職階制を重視するシステムの国と、実力を重視するシステムの国に大別すると、後者のシステムが今回は成功したということではないでしょうか(P158)

といったあたりは、政治システムだけでなく、これからの時代にマッチした「行動システム」を考えるにあたっては覚えておいたほうがよさそうですね。

レビュアーの一言ーafterコロナの「道標」は?

新型コロナ・パンデミックの後どうなるのかについては、上記の「システムの問題」のほかにヤマザキマリさんの

ペスト・パンデミックが収束を見せた頃のルネッサンス初期には、後に国際ゴシック様式と呼ばれる、これまでにない動きを取り入れた新しい絵画が描かれたりしています。
漫画のセリフのように言葉を発している受胎告知図とか、それまで誰も試みなかった斬新な芸術が生まれてくるようになりました。だから、人が考えることをおざなりにしなければ、今回のパンデミックの後にも各々に蓄積している何かが爆発して、新しい精神改革に結びつく可能性も、無くはない。

といった話とあわせて、百年前のスペイン風邪のあとには、ナチズムやファシズムの勢いが強まったということをセットで考えておいたほうがよさそうです。いずれにせよ、新型コロナが、今までの生活様式や行動様式を大きく揺るがしたのは事実。afterコロナに向けて考えるのはこれから、ということでしょう。

Bitly

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