大観音像のそびえる地方の中核都市で、「小蔵屋」という和食器とコーヒー豆の小売を商う小さな店を営んでいる70歳がらみの初老の女性、「お草さん」こと「杉本草」が、店の従業員で元スキー選手の元気娘・久美を相棒に、町でおきる事件の数々を解決していく「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズの第7弾が本書『吉永奈央「黄色い実 紅雲町珈琲屋こよみ」(文春文庫)』です。
構成と注目ポイント
構成は
第一章 小春日和
第二章 颪の夜
第三章 宿り木
第四章 帽子と嵐
第五章 黄色い実
となっていて、まずは、地域経済が専攻の元大学教授で、地元の名刺でもある「佐野教授」の妻「百合子」さんから、頼みごとが持ち込まれるところからスタートします。
その頼み事というのは、横浜の水産物卸会社で働いていた息子が、社内恋愛のもつれが原因で退職したのだが、地元で良い就職口がないか、というもの。父親の佐野教授は息子が三十過ぎの年齢であることから、自力で何とかさせろ、とケンカ腰なので、できるだけ夫の耳に入りそうにない「小蔵屋」のお草さんに相談にやってきたということのようですね、冷静に考えると、何か変だな、と思わないでもないですが、するっとここらを読者に呑み込ませてしまうのが作者の腕かもしれません。
そして、母親「百合子」の困っている様子を見かねて、お草さんは知り合いに聞き合せ、佐野教授の息子・佐野元は地元のコンサル会社に就職し、地元へ帰ってくることになるのですが、これが事件の呼び水であったことが後になってわかります。
事件のほうは、この町出身で東京で一時アイドルとして人気がでたもののスキャンダルで人気が落ち、今では郷里で旅行会社の事務をしている「平緒里江」という久実の同級生が、小蔵屋の第二駐車場に防犯カメラは設置してないだろうか、と聞いてくるのが発端です。
彼女の訴えによると、お草さんが就職の世話をした佐野教授の息子・佐野元に、第二駐車場で暴行を受けた、というのです。彼女は、すでに警察にも親告していて、捜査が始まっていくという筋立てですね。
平緒里江は、当時身に付けていたものは洗うか、捨ててしまったと言ってるので「物証」となるものがない状況です。ところが、彼女が暴行を受けたという頃に、お草さんがその第二駐車場のゴミ掃除で、女性もののショーツと片足分の靴下を拾っていて、これがこの事件の「物証」なのかもしれない、といった流れですね。
平緒里江は元アイドルという前歴が裏目にでて、この暴行証言自体が話題作りの「狂言」ではないかといった噂も出始めます。彼女の発言や態度から、けして嘘ではないと確信したお草さんは、その「物証」を警察に届けようとするのですが、偶然、物証である靴下のもう片方を、久実の車の中から見つけてしまい・・・という展開をしていきます。
久実ちゃんが、この頃、同級生で「山男」の「一ノ瀬」という男性とつき合い始めていて、彼とかなりイイ線いきそうな感じではあるのですが、彼の実家が地元でも有名な食料品会社の経営者一家で、旧家でもあるせいかかなり外聞に煩い、といったことが事件の解決に大きなブレーキとなってきます。
そのブレーキをはずすきっかけとなったのが、久実が最近つき合い始めた「一ノ瀬」の暴走行為らしきもの。彼は、佐野元の家にハンマーを投げ込んで、母親を怪我させた、と訴えられるのですが、実はこれはフェイク。佐野元の偽装であることがわかったその時、当事者たちの動きは・・・というところなのですが、詳細は原書のほうで。
レビュアーから一言
この作品は、強姦罪を非親告罪とする法改正の前に書かれたものなので、法的な対応が現在とは違っているところもあります。ただ、被害者である「平緒里江」が世間のいわれのない誹謗中傷で故郷を出ていかざるをえなくなったり、加害者の母親が、息子が連続犯であることを知りながら、お草さんの追及に対し、「被害を受けたという方が警察に訴えれば、それが一番だと思いますけど。そうすれば捜査が進んで、解決するお話じゃありませんか」とうそぶいたり、といった描写から推察されるように、この問題の根本は変わっていないことを訴えるため、あえて加筆修正はされていないようです。#MeToo運動の周辺の出来事のことを思うと、確かにそうかもしれない、と思うところですね。
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