木賃宿に連泊する商人が連れているのは「ろくろっ首」の妖怪ー宮部みゆき「魂手形」

神田三島町にある袋物屋・三島屋の「黒白の間」を舞台に、三島屋の姪・おちかを聞き役に繰り広げられてきた「変わり百物語」の聞き手が、この店でぶらぶら暮らしをしている次男・富次郎に代わってからの三巻目が本書『宮部みゆき「魂手形 三島屋変調百物語七之続」(毎日新聞)』です。

構成と注目ポイント

構成は

第一話 火焔太鼓
第二話 一途の念
第三話 魂手形

となっていて、まず第一話目の「火焔太鼓」の語り手は、三十歳には達していないであろう「長身で筋骨たくましく」「目じりがきりりと上がり気味で、鼻が高く、口元が引き締まっている」という若い侍さんで、古めかしい言葉でいうと「美丈夫」というお武家様ですね。

第一話 火焔太鼓

そのお侍の実家は、藩に仕えてまだ三代目という新参ながら、武芸に秀でていて、彼の父も兄もその腕をかわれて、家格は低いながらも殿様の近習として仕えていたのですが、その兄が、お城に保管されている「火消し」の神通力のある「太鼓」が盗まれそうになるという騒動の中で、大火傷をおってしまいます。
その太鼓は、お城を長年火事から守ってきたという伝説の太鼓だったのですが、この騒ぎでその効能を失ってしまったため、藩主自らその効能を取り戻すため、藩内にある活火山へと赴くのですが、今回、語り手となっているお侍・小新左も兄に代わって同道することになり、という筋立てです。
この活火山行きで、この藩に伝わる火消しの太鼓の神通力を与えている「妖」に出会うのですが、本当の秘密は、その火山から下山後、今回の騒動で大火傷を負った兄が隠居後、数年経ってからわかってきて・・・という展開です。
いわゆる江戸時代の古い藩に伝わっていた「お家」を守っている「精霊」「妖」の話なのですが、それを守り伝える方法が、「江戸時代のお武家様」らしいですね。

第二話 一途の念

第二話の「一途の念」は、富次郎が最近、贔屓にしている屋台の団子屋の娘「おみよ」が語るお話です。その団子屋は豊島町一丁目と神田富松町の間の路地にある、小さな屋台なのですが、そこの売り子「おみよ」はあるとき、富次郎の前で「おっかさんが、死んだんです。」・・「やんと死んでくれたぁ、おっかさん!」と泣き出してしまうのですが、その言葉に込められた彼女の家族の過去とそれにまつわる怪事が語られます。

もともと、彼女の父親・伊佐治と母親・夏栄は、ある繁盛している料理屋「松富士」の板前と仲居をしていたのですが、その料理屋の腕のいい花板が闇討ちにあって殺され、さらにその店の女将が過労で急死して、そこに性悪で良く深い後添えが入ってきたことから事態が暗転します。
花板の急死で客足が遠のいているのを挽回しようと、その後添えが格式の高い「松富士」を料理も売るが「色」も売るという女郎屋まがいの料理屋に衣替えしてしまいます。
このため、古くからいる板前や仲居は辞めてしまったのですが、そのころ、伊佐治が肺病にかかってしまっていて、夏栄は治療代と生活費のため、その料理屋の新商売の主力として働くざるを得なくなります。そして、女郎兼仲居のして働くうち、夏栄は子どもを三人身ごもるのですが、その三人の男の子が全員、伊佐治にそっくりの風貌で・・・といった展開です。
まあ、ここまではふーんということなのですが、「怪事」というのは、「おみよ」の母親・夏栄が死んでしまった後のことで、この三人の男の子の風貌が一夜にして変わってしまい」ます。果たしてその理由を富次郎が推理するのですが・・・という落ちですね。

第三話 魂手形

最終話の第三話では、深川の蛤町の北にあった、拾い集めてきた貝を売り買いする「浅蜊河岸」という小さな河岸の近くにあった宿屋の主人が語り手となります。その主人・吉富がまだ小さい頃、実家の宿屋はぼろぼろながら部屋数の多い木賃宿を営んでいたのですが、そこに日焼けをして骨と皮だけに痩せた商人・七之助が宿泊するところから始まります。その客は「鳥目」がひどいらしく、長逗留をすることになるのですが、その間に彼が連れているろくろっ首の「水面」という女性の妖怪と出会う、という設定ですね。
彼は幼い頃に駆け落ちしてしまった実の母親に似ているため、実の祖母に虐待されたことや、義理の母にその祖母を撃退してもらったことなどが、「水面」になつかれる要因となったのかもしれないですね。
そして、この「水面」を連れている商人・七之助の住処は江戸に近い天領で、彼が住んでいる里には、あの世にたどりつけず現世に残ってしまう魂が寄り付いてきます。この名前も思い出も喪ってしまっている「魂」に話をして記憶を取り戻させ、故郷へ送り届けてやる「水夫」の仕事を受け持っているという設定です。彼が「道中手形」がわりに差し出す、いままで見たこともない紋様の赤い封蝋のついた文書が、「魂」を連れてどこでもいける「魂手形」というわけですね。
そして、過去の「水夫」の仕事で病んで動けなくなってしまった七之助に代わって、「水面」を故郷につれていき、彼女を殺した相手に、「水面」の怨みを晴らそうと・・という展開です。

レビュアーから一言

今巻の最後のほうで、「おちか」がオメデタであることが明らかになります。許嫁を幼馴染に殺された悲しみを乗り越えての、今の幸せなので、富次郎はじめ三島屋の皆が喜びに沸き立つのですが、こういう慶事のときに必ずといっていいほどやってくるのが、あの「この世」と「あの世」を仲立ちするあの商人風の男です。
この巻で登場する「ろくろ首」の「水面」の目の様子と、この商人風の男の目がそっくりなことから、彼の素性が再確認できますね。
この「おちか」を執拗に狙い、変わり百物語を潰そうとする”男”に対し、富次郎はどう対峙するのか、富次郎の心根が試され始めます。

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