盗跖、廉頗将軍が欠けた趙国軍、王起のもとに屈すー王欣太「達人伝」14〜15

二百年続いた中国戦国時代の晩期。西方の強国・秦が周辺諸国に強大な力を背景に強圧をかけつつあるが、他の五国にまだ、秦の強権的なやり方に反抗する力の残っていた時代に、荘子の孫「荘丹」、伝説の料理人・包丁の甥「丁烹」、周の貴族出身ながらある事情でそれを捨てた「無名」び三人の男が、「法律」と「統制」で民衆を縛る秦の中原統一の野望に抵抗する姿を描く『王欣太「達人伝ー9万里を風に乗りー」(アクションコミックス)』シリーズの第14弾から第15弾。

前巻で盗跖や朱涯六傑、さらには孟嘗君の食客の参陣や、趙国軍の柱石・廉頗将軍が指揮を取り始めたことにより秦国軍の勢いをとめることに成功した趙国軍+各国義勇軍なのですが、秦国の水面下での工作や、白起のゲリラ戦が効果を出し始め、盗跖など貴重な戦力を削られ始めます。そして、中国史上名高い「やらかし男」の「趙括」が舞台の主役として躍り出てきます。

構成と注目ポイント

第14巻 盗跖死し、廉頗将軍更迭。趙国軍危うし。

第14巻の構成は

第七十九話 紳士と流氓、その双璧
第八十話  蒼空の華
第八十一話 継承
第八十二話 懐妊、献上
第八十三話 帰還
第八十四話 王の歌

となっていて、前巻の最後で、秦の左軍の将軍の一人・王賁を斃して撤退させた際、玄修が、戦闘場所の近くの崖の向こうに潜む、白起率いる情報部隊を発見し戦闘となります。

ここで始まるのが、白起と盗跖とのタイマン勝負です。

ここの場面では、互いに譲らない二人のバトルシーンを堪能してほしいのですが、残念ながら、軍配は「白起」に上がることとなります。このバトルに引き続いて、志半ばで亡くなった盗跖の遺志と跡目を誰が継いでいくのかが描かれます。

盗跖の死とその新しい相続者が決まったのを契機とするかのように、秦と趙の攻防のターニングポイントとなった「長平の戦い」のメインキャストにも変化が訪れます。秦国の軍隊を「閼与の戦い」で破り、死去するまで秦を退け続けた趙の名将・趙奢の息子「趙括」の登場です。彼は幼い頃から出来のいいことで有名で、父を兵法で論破したこともあり、その用兵は「美しい」ことで知られている、趙国軍の超エリートですね。このシリーズでも、自信に溢れたイケメン将軍に描かれています。

この趙括が、守備一辺倒で攻勢に転じない「廉頗」将軍に不満を抱いた趙王が、廉頗将軍の後釜として、長平の戦いの総司令官として抜擢されます。この裏には、廉頗将軍を前線から遠ざけるための白起と秦本国の陰謀が隠れているのですが、国王や若手の廷臣たちはそれに気付くことはなく、趙括の母親の意見や藺相如の命がけの諫言には耳を傾けようとしません。その上、廉頗将軍を後詰として残すのではなく、邯鄲へ召喚し、東方へ派遣する、というのですから、これはもう「更迭」に間違いないですね。ちょっとネタバレすると、この選択が趙を亡国へと導いていく決断となります。

廉頗将軍から指揮権を譲られた「趙括」は、今までの堅守路線から一転して背局的な攻めに転じます。彼の戦術転換の前に、秦の王齕軍は退却を続け、趙括は自信満々なのですが、王齕将軍の

という愚痴を見れば、これが秦の計略であることは明らかですね。ただ、王齕軍には反撃をさせず退却だけさせて、趙括率いる趙国軍をおびき寄せるだけおびき寄せて、何を仕掛けてくるかは、次巻のお楽しみ、というところです。

一方、趙の国内で美女・朱姫を側女として暮らしている呂不韋なのですが、「奇貨」とのして支援し、秦の皇太子となる道筋をつけつつある秦の公子「異人」から、朱姫を自分の正夫人として迎えたいという要請をされます。最初は、自分の愛人に手を出そうとする公子「異人」に怒りを覚える呂不韋だったのですが、すでに妊娠していた「朱姫」が男子を産めば、ひょっとすると自分の子供が「秦王」になるかも、ということに思い至り、彼女を公子「異人」の妻として差し出します。呂不韋が「商人」から「政治家」に変化した場面です。

Bitly

第15巻 趙国軍壊滅。さらに白起の苛烈な敗戦処理が・・

第15巻の構成は

第八十五話 霧中の気配
第八十六話 擾乱の一夜
第八十七話 夜明けの露
第八十八話 撤退行軍
第八十九話 一槍の理
第九十話  炎の命

となっていて、廉頗将軍が解任されたため、前線から離れていた荘丹たちのもとに、趙の平原君が訪れ、彼らに20日間連絡が途絶えたままになっている長平の調査を依頼します。

途中、無理やり合流した孟梁将軍とともに彼らが発見したのは、左耳が削がれた状態で殺され放置されていたり、道を封鎖する土嚢代わりに使われている兵站部隊の姿です。

趙軍本部のほうでも前巻で兵站部隊との連絡を閉ざされたことを知り、さらに今巻きでは前後に秦の軍隊にはさまれていることを知り危機感を募らせるのですが、ここで総司令官の趙括は

とあくまで強気の姿勢です。周辺情報がどんなものであろうと自分の好む方向に認識し、あくまで自分の方針を変えない姿は、まるでどこかの政府のような既視感に襲われます。

自信にあふれる趙括総司令官は、食糧が届かず空腹状態の趙国軍をつかって、

第一波 許累の千騎の騎馬隊による中央突破
第二波 騎馬兵五百騎による騎射
第三波 騎馬兵千騎による火攻め
第四波 騎馬兵二千騎による突撃
第五波 敵陣の裏を突き抜けた騎兵を集めての敵背後からの攻撃
第六波 趙括総司令官率いる全軍による正面攻撃

という兵法を駆使した「美しい」攻撃をしかけます。

これに対し白起は趙括の作戦を見抜き、中央突破で突き抜け、許累まとめた騎馬兵を8万の軍勢で押し潰しを図ります。彼は「趙括は戦術を好むがあまり、戦術の形そのものに酔い痴れている」と分析し

と断言します。そして、総攻撃の夜明け、全軍の先頭に立って「白起」のいる敵陣の中央めがけて馬を走らせる趙括をまっていたものは、という展開です。

プライド高く、自信満々の「趙括」総司令官のあっけない幕切れですね。しかし、白起の攻撃はここで終わりません。趙括と許累の首を連ねて刺した槍を趙の後軍を指揮する楼昌将軍に渡すと、彼らを圧迫し、じりじりと廉頗将軍の命令で途中まで築城した城累へと追い詰めていきます。さらに、城累の背後から火を点け、趙の長平遠征軍と各国の義勇軍を城塁の上へと押し上げます。途中、武器攻撃を仕掛けるでもなく、無言の圧力で追い詰めていくやり方はおそらく、趙の軍隊の「心」をバキバキと折っていったと思われます。

そして、城塁近くまで趙軍と義勇軍を追い詰めた白起がとった行動は、降伏を申し出る趙軍40万に対し、

と全員を城累の濠へ全員を追い落とし、城塁の土塁を崩しての「生き埋め」です。ここらの白起の総攻撃の凄まじさはド迫力がありますので、ぜひ原書のほうで。

Bitly

レビュアーから一言

廉頗将軍が更迭され、趙括が総司令官として起用されそうな状況の中で、息子を将軍にしないように国王に直訴しようとする趙括の母親(趙奢の妻)の姿が一番印象的です。

彼女の訴えを聞いた平原君は、最初、戦死の可能性のある戦地に息子を送りたくない、という母親の想いかと思うのですが、実は・・・、ということで、これが有名な「紙上に兵を談ず」の故事の一部ですね。「趙括」は中国史上でも有数の「やらかしちゃった」人物だと思うのですが、この総攻撃は、糧道を立たれて飢餓状態にあった趙軍の捨て身の攻撃であったともいえて、統率のきいた秦軍が相手では、趙括の自信満々な態度とは裏腹に勝負はすでに「負け」の状態であったともいえます。
自軍の置かれている状況の冷静な把握もなく、自説と自信で突っ走るリーダーがもたらす災厄は今も昔も変わらないのかもしれません。

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