新作の寒天菓子をひっさげ、菓子の天才・長門が江戸へ来るー篠綾子「宝の船 江戸菓子舗照月堂」

徳川綱吉の時代を舞台にして、駒込の菓子屋・照月堂を舞台に、京都で御所侍をしていた両親と兄を火事で失い、江戸の了然尼のもとに身を寄せながら、女性職人見習いの「なつめ」の菓子職人修行を描く『篠綾子「江戸菓子舗照月堂」』シリーズの第9弾が「宝の船 江戸菓子舗照月堂」(時代小説文庫)です。

前巻で両親をなくして江戸へ来た「なつめ」を親代わりのように面倒をみてくれていた「了然尼」が念願であった新しく自分の寺を建立することになり、「なつめ」の暮らしにも大きな変化が訪れてきます。さらに、京都で修行している「安吉」のほうも、柚木家の「長門」が取り組んでいた新しい寒天菓子のめどがついたことで、こちらも京をはなれて江戸へ帰ることとなるのが本巻です。

構成と注目ポイント

構成は

第一話 袖のたちばな
第二話 西王母
第三話 宝船
第四話 新六歌仙

となっていて、第一話「袖のたちばな」では、了然尼の新しい寺が上落合村に建立され、了然尼がそちらに移ることになったため、「なつめ」も彼女と一緒に上落合へ引っ越すこととなります。
もちろんその義務はないのですが、寺建立の無理がたたって了然尼が体を壊した直後でもあり、親代わりをしてきた彼女に恩返しの意味もあって、随行することとしたものです。そして、当時の交通事情では上落合から照月堂のある駒込まで毎日通うことができないため、「なつめ」は照月堂を退職し、必要なときだけ手伝いに入ることとなります。こうなると、このシリーズの表題「菓子舗照月堂」にも影響がでそうですが、ひとまず変更はないようです。

話の後半のほうは、「なつめ」の兄と不倫関係にあったことを「なつめ」に打ち明けた「慶信尼」が、京都の人間関係の清算を図るため京都に上洛し、別れた夫・田丸外記と再会します。前巻まででは果林堂まで妻を探しに来るほど未練たらたらであったのですが、実際に顔をあわせ、「慶信尼」の本心を言われると、憑き物が落ちたようにさっぱりとしてしまいます。このへんはちょっとあっさりし過ぎな感じがしますが、長門の考案した新作の寒天菓子の「命名者」となる流れを誘導するためのことかな、と納得しておきましょう・

第二話の「西王母」は、上落合に移った「なつめ」のほうも新作の菓子づくりに取り組む話です。「西王母」は中国の伝説にでてきていて、不老不死の「仙桃」の管理をしている仙女ですね。彼女の管理する桃園から、あの孫悟空が桃を盗み食いして罰をうけたことでも有名です。
この物語に「西王母」の名前が使われているのでわかるように、彼女が取り組み新作菓子は、上落合の寺の庭に植わっている「桃」を使ったお菓子です。半分野生の桃なので、生食するものに比べて甘みが少ないのですが、この不利な点を逆用して、寺の本堂の修復をしてくれている、酒の好きな「辛党」の大工たちにも好まれる味に仕立てあげたのが、「なつめ」のお手柄です。

第三話の「宝船」では、新作の寒天菓子を創り上げ、果林堂の新しい売り物としての可能性も引き出した、柚木家の後継者・長門が、本家の果林堂に無理をいって、数か月間の「江戸遊学」を獲ち取ります。彼のお伴として、「安吉」が江戸へ帰還するという段取りになったわけ。で、長門、安吉をはじめ工房の与一と政太ら4人が江戸へ行くのですが、「菓子の本場は京都」と思っている安吉を除く京都人ばかりのグループですので、江戸の有名な菓子店の品定めをしてやろうぐらいの鼻っ柱の強さなのですが、案外に陰湿な菓子競争になってしまっている江戸の菓子店の間の闇をはらってくれるかもしれません。同じような菓子を食べても、照月堂の仕事の丁寧さや一鶴堂の菓子の物足りなさはしっかりと認識しています。

第四話の「新六歌仙」では、長門たちが、了然尼の寺に寄宿することになります。ついでに。「なつめ」が御所務めの侍の娘であることも知られ、彼らから思ってもみず尊重されることとなります。
そして、照月堂の菓子「六歌仙」のお株を根こそぎ奪ってしまおうという一鶴堂の「新六歌仙」の動きも、江戸で知り合いのいない京都人のメリットを活かして、かなりの部分を調べ上げることに成功します。長門たち果林堂の京都人は、これからあの手この手を使ってくるでしょう一鶴屋へ対抗する有力な味方になってくれるかもしれません。

レビュアーから一言

長門たちが創作した寒天菓子の様子を本文中から引用すると

職人の中で最も年長の与一が弾かれたように応じ、作り置きの寒天が師が置かれている台へと向かった。そこには薄茶色をした賽子形の菓子がいくつも置かれている。
(中略)
噛むように口を動かしたのは、ほんの一回か二回きり。その時のしゃり、しゃりっという感覚をじっくり味わうように、慶信尼は目を閉じていた。餡のような粘っこさはなく、ひんやりとした舌触りは葛に似るが、簡単に崩れていく感じはまた異なる。・・・しゃりしゃりとした噛み心地の後、表面にまぶされた甘い何かがざらざらとした舌触りを伝えてくる。

といった感じです。この菓子を携えて、「なつめ」の暮らす了然尼の寺にやってきた京都人たちが、彼女のこれからの菓子作りに新しい何かをもたらしてくれそうな予感がしてきます。

Bitly

コメント

タイトルとURLをコピーしました