フツーの暮らしの中にも謎がいっぱいー大崎梢「もしかして、ひょっとして」

日常生活の隙間に挟み込まれているちょっとした謎をときあかす「コージー・ミステリ」の名手の筆者がおくる6つの話をまとめた短編集が本書『大崎梢「もしかして、ひょっとして」(光文社)』です。

収録と注目ポイント

収録は

「小暑」
「体育館フォーメーション」
「都忘れの理由」
「灰色のエルミー」
「かもしれない」
「山分けの夜」

の六作品。

まず最初の「小暑」は東京駅から平塚へ向かう電車の中で、赤ん坊を連れた乗客へ、同じボックス席に乗り合わせた上品な老婦人が語る、その乗客が連れている赤ん坊と同じ名前の子供の昔話。

その老婦人には成績の良い兄がいて、医学部に入学し医者の道を目指していたのですが、ある女性と仲良くなって子供ができてしまいます。その女性と縁を切らせるため、その老婦人の母親は、13歳ぐらいの彼女を連れて兄とその女性のもとへ行き別れるよう交渉します。その後、その兄は他の女性と結婚し男の子を授かるのですが、妻の早逝後も再婚しないまま過ごします。実は、老夫人の父親も子供ができなかったことが原因で別れた先妻をいつまでも愛していた兄によく似た人であったことが語られます。そして、七夕の飾りに「白い」短冊をぶら下げるのも同じで・・・という筋立てなのですが、最後のところでその乗客が母親でははなく、その赤ん坊の母親の弟であることがわかります。
「あ、そうなの」と言う感じなのですが、話の最後のところで、彼が抱える複雑っぽい恋愛事情が意味深です。

第二話の「体育館フォーメーション」の主人公は、高校の生徒会の運動部全部の揉め事を調整する「部活担当」をしている「研介」という2年生の男子生徒。
彼は体育館で練習をする部活の部員たちから、男子バスケ部の2年生の一人・酒々井の一年生いじめがひどすぎるという苦情を聞きます。その2年生の恫喝や罵りの言葉が酷すぎて、他の部の一年生が萎縮して練習にならない、というものですね。
そのトラブルを解消するため、「研介」が男子バスケ部の様子を見ると、酷い扱いを受けている1年生は2年生に対して反抗したり、部活をやめるような素振りもありません。これはいわゆるDVでいわれる「共依存」かも、と考えた研介は酒々井を問い詰めます。するとその酒々井は「あと2日でやめる」と謎の期限を告げるのですが、という筋立てです。2日後には市内の全高校が揃う対抗戦があるのですが、そこで判明したのは・・という展開です。

第三話の「都忘れの理由」は、長年勤めてもらっていた家政婦さんに突然辞意を申し出られて、あたふたする初老の歴史学者の先生のお話。
その歴史学者の先生は、奥さんの生存中から同じ家政婦さんに来てもらっていて、妻の死後は彼女がいないと日常生活にとても不便をきたすほど頼り切っています。彼は自分が妻が好んでいてその家政婦さんも大事に育てていたミヤコワスレの株を抜いてしまったことなどあれこれと思い悩むのですが、そのうち、彼女が辞めたいと言い出したのは、近くに住む友人の家に空き巣が入り、お金や装飾品を盗まれた事件のあった数日後だということがわかり・・・という展開です。この話は、作者の手にのせられて無実の人を疑うような迷推理をしないようくれぐれも注意しましょう。

第四話の「灰色のエルミー」は、人がよくて物事を断れないため、職場でも「便利使い」されている男性が、高校の同級生から突然、買っていたロシアンブルーの猫を預けられます。その猫を預ける際、その同級生の女性は預かっていることを誰にもいわないことを約束させるののですが、その後、仕事で出張途中に交通事故に巻き込まれ、意識不明の大怪我を負います。
彼は、その同級生の入院している病院へかけつけるのですが、そこで彼女が勤めている雑誌社の上司から、彼女の飼っている猫がどこにいるか知らないか執拗に聞かれます。さらに、彼のアパートまでやってきて、その猫のことが心配なので預かりたいとまで言ってくるのですが・・・という展開です。ちなみに、エルミーというのは、「ロシアンブルー」の「ロシア」にある有名な美術館、「エルミタージュ」にちなんだもので、謎解きには全く関係ありません。

第五話の「かもしれない」は、中堅不動産会社に勤める男性が、休日の育児の合間に同僚の左遷の真相を推理するお話。
その同僚は、出世街道を驀進するエリート社員だったのですが、ある時、彼のもと届いたメールのファイルを不用意に開いてしまい、会社のシステムにウィルスを撒き散らしてしまいます。その責任を追求され、陽の当たるポストから外され、ついには関連会社に出向させられてしまいます。
普通なら自棄になるところなのですが、その同僚は腐ることもなくポストから外されたことや、関連会社に行かされることも、笑って受け入れる態度に歯がゆさを感じていたのですが、その背後には深い理由があったのでは、と推理を始めます。で、情報を収集しているうち、彼には社内にストーカー化しているおっかけの女性がいたらしいことがわかり、そのメールも彼が嵌められたのでは、と推理するのですが、実は意外な真実が・・・という展開です。

第六話では、この筆者のコージーミステリーには珍しく、殺人事件がおきてきます。この話の主人公の大学生の卓也には、高齢者施設に入っている伯母がいるのですが、彼女の面会に行った時、彼女から自宅から衣服や化粧品をもってきてくれないかと依頼されます。彼女の夫は相当の亭主関白の男尊女卑論者で、妻のものは自分のものとばかりに妻の私物ですら持ち出しを嫌がっています。
なんとか、伯母の夫の目を盗んで持ち出しに成功し、それからも何度が私物を持ち出した彼は伯母から、夫の書斎の本棚の引き戸の中にある茶封筒の中を確かめるよう依頼されるのですが、その封筒の中には札束が12個。
その時はそのままにしておいたのですが、それからしばらくして、伯母から夫の旅行中に家へ忍び込んでその封筒をもってきてほしい、と頼まれます。離婚の慰謝料代わりにしたい、とのことで、その頼みを断れず、家へ忍び込んだ彼が見たのは書斎で殺されている伯父の姿。そして、札束の入った封筒は空っぽになっていて・・・、という展開です。この主人公相談した大学の友人がトリックスターになってますので、注意し読んでくださいね。

レビュアーから一言

「あとがき」によると、収録された六作の主人公たちは「訝しむべき出来事に遭遇し、謎めいた手がかりを前に、「もしかして」と立ち止まり、「ひょっとして」と思考を働かせ、真相に近づいていきます」という感じで仕上げられているようで、「名探偵、皆を集めて、さて、といい」といった名推理ではなく、普通の人が自らの力で真実に近づいていく姿が魅力となっているのですが、陰惨な事件を描かない筆者らしく、いずれの謎も、いやなあと口の残らない事件で、きゅっと解決されているところが、スッキリとした「読み口」となってます。

もしかして ひょっとして
トラブルやたくらみに巻き込まれて、お人好しが右往左往。助けを求められたなら、放っておくことはできやしない。誤解も悪意も呑み込んで、奇妙な謎を解き明かせ! にぎやかでアイディアに満ちた6つの短編ミステリ。

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