「不倫」や「サイコパス」といったセンセーショナルな著作を皮きりに幅広い分野での脳科学をはじめとした科学者の立場からの核心をついた論評で知られる中野信子さんと、いじめと感情の関係について学識の深い澤田匡人さんの二人による「妬み」や「嫉妬」といったネガティブ感情のコントロールのうまいやり方をアドバイスしてくれるのが本書『中野信子×澤田匡人「正しい恨みの晴らし方 科学で読み解くネガティブ感情」(ポプラ新書)』です。
構成と注目ポイント
構成は
第1章 恨まずにはいられないー心理学の視点から①
第2章 妬みと羨みの心理学ー心理学の視点から②
第3章 妬みを感じるとき、脳では何が起こっているのかー脳科学の視点から①
第4章 正しさにこだわる人たちーー心理学の視点から③
第5章 正義と言う名の麻薬ー脳科学の視点から②
第6章 愛が憎しみに変わるときー心理学の視点から④
第7章 嫉妬の脳科学ー脳科学の立場から③
第8章 ネガティブ感情の意味ー脳科学の視点から④
第9章 私たちのネガティブ感情とのつきあい方ー対談 中野信子×澤田匡人
となっていて、本書で取り上げる「妬み」とは
「自分の持っていない何らかの好ましい価値のあるものを、自分以外の誰かが持っていて、それを自分も手に入れたいと願う時、その相手に対して生じる不快な感情のこと、
「嫉妬」は、
自分の持っている何らかの好ましい価値のあるものを、自分以外の誰かが持っておらず、それをその誰かが奪いにやって来るのではないか、という可能性があるとき、その相手を排除したいと願う不快な感情のこと
とされていて、本書では、その「妬み」とか「嫉妬」の感情がなぜ生まれて、これをうまく飼いならすにはどうしたらいいか、がそれぞれ脳科学、心理学の立場からアドバイスされています。
それは例えば
自分の妬みを抽出して・・徐々に妬みの原因をあぶり出してくのです。
そして自覚できるようになった妬みの感情を脇に置いて、目の前にあること、やるべき仕事に没頭するのです
であったり、
「妬ましい」と誰にも言えずに悶々としているくらいなら、「羨ましい」と断言する。つまり、悪性妬みではなく良性妬みだと、あえて強調する
とった手法が提案されているのですが、このへんは人によって効果が違うかもしれません。
さらに新型コロナウィルスの感染拡大で顕著化してきた「正義中毒」については
義憤という名で偽装された恨みによる行動は、道徳不活性化の要因の一つである「道徳的正当化」によって説明できます。自らの行為は攻撃的なだとわかっていても、間違った相手をただすという目的の良さが手段の悪さを上回るなら、迷わず実行に移せるのです。これが道徳的正当化です
と言った形で解題を試みています。本書は新型コロナウィルスの拡大以前に著されたものなので、こうした正義中毒の減少はコロナ禍で始めて出現したものではなく、以前から綿々と息づいていたものが、今回、勢いを増して顕在化したのだ、といえそうですね。
ちなみに
実は男性のほうが、妬みが強いということが明らかになってきています。
とか
集団の協力行動を維持するために必要なサンクション(制裁行動)を、ヒトでは伝統的に男性が担っています。ヒトでは、多くの鳥類などと違って、女性よりも男性のほうが体がおおきく、力も強いという性質があります。つまり制裁行動をとるのに、男性のほうが適しているのです。すると制裁行動を取らせるために脳に備え付けられた処罰感情のスイッチは。男性のほうが入りやすくなっていると考えるのが自然です。
男性のネガティブ感情の恐ろしさは、身体的な強さがあるために過激化しやすいところと、正義の皮をかぶっていることが多いためにそれを制止しにくいところにあります。
ということで、私たちが普通感じている「性差」とちょっと違った研究結果もわかるのも本書の意外な愉しみどころであります。
このほか、本書ではストーキングの心理構造やいじわるをしてしまう時の心理構造などについても言及されているので、自らの嫉妬や妬み感情に気付いた人は、本書で振り返ってみてはいかがでしょうか。
レビュアーから一言
妬み、恨み、そねみといったネガティブ感情は、知らず知らず溜まっていって、今回の新型コロナ禍のような閉塞状況の中では突然爆発することが多いものです。発生原因と爆発原因をしっかり把握しておくことが一番大事なような気がします。
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