あの時の「君」に再会し、「君」の謎を解く幸せー浅倉秋成「九度目の十八歳を迎えた君と」

大学を卒業して就職し、まもなく三十になろうかという普通のサラリーマン生活をおくっていた主人公が、ある残暑厳しい朝の通勤途上に、高校時代に好きだったかつてのクラスメイトとの姿を見かけます。
通常であれば、ここで、思ってもみない再会にあわせて、高校時代に叶わなかった「ラブ・ロマンス」も、といったことになるのですが、なんと再会した同級生の女の子は、真空パックで冷凍保存されていたみたいに、高校時代そのままで、という不思議系の始まりをするのが、本書『浅倉秋成「九度目の十八歳を迎えた君と」(創元推理文庫)』です。

あらすじと注目ポイント

今巻の主人公の「間瀬」は、千葉県生まれの千葉県育ちで、大学は東京都内の大学に通い、印刷会社に就職してしばらく本社勤めをした後、一年前に千葉の営業所に転勤になった、ボーナスでも営業成績達成の報奨金も上乗せしてもらえるぐらいに、そこそこできる営業マンです。
そんな彼が通勤途上に、高校時代の制服で母校に通っている、彼の同級生「二和咲美」という女子生徒の姿を見かけ、数日後、母校から下校してくる彼女に再開するところから、間瀬の高校時代の回想と二和咲美がなぜまだ高校に、当時の姿そのままで通学しているのかの謎解きが始まります。

ここで注意しておかないといけないのは、二和咲美が延々と高校に在学しているのを教員や生徒たちも知りながら、当然のこととしてそれを受け止めているということで、在学しているのに誰も気づかない、いわゆる「幻の生徒」状態の「ホラーもの」ではありませんね。

で、「間瀬」は咲美の同級生の夏河理奈という女の子からの依頼もあり、さらには高校時代、咲美に好意を寄せていたという思い出もあり、彼女が高校に留まる理由をつきとめに、高校時代の同級生や教員から、自分たちが高校3年生であった時の記憶をたどっていくのですが・・・、といった筋立てです。

そして、高校時代、幽霊部状態になっていた新聞部に在籍して、新聞ならぬプラモデルを大量に制作して部室に飾り、当時から変わり者で知られていた教頭先生との「枯れた」つきあいの様子とか、二和美咲のことが気になって仕方ないのですが、まともに相手にしてもらえず鬱々とするなか、彼女の属する国際交流部と同じ部活の女子生徒・小田桐楓から

「美咲、たぶん君のことが好きだよ」
(略)
「君にその気があるならさ、早く美咲のこと楽にしてあげてよ」
(略)
「告白してあげて、ってこと」

といったアドバイスをもらって舞い上がりつつも、書いた手紙を渡せずのしまって、といった感じで、甘酸っぱい青春ダイアリーが綴られていきます。

ただ、ちょっとネタバレしておくと、この小田切楓のアドバイスはとんでもないフェイクで、彼女の言にうかうかとのって書いたラブレターが、二和美咲が高校3年生を続けるアシスト材料になってしまうのですが、ここは物語の後半部分で詳細を確かめてくださいね。

そして、「間瀬」くんの謎解きのほうは、彼がせっかく書いたラブレターを渡せなかった原因ともなった、二和と高校の先輩との恋愛と、二人の間におきた事故を暴いていくことにまなります。

その先輩は若くして「書」の才能を認められ、高校の卒業証書のネーム入れを頼まれるほどで、卒業後、書道界での活躍が期待されていたのですが、自転車の転倒事故で、利き腕の人差し指と中指を切断したため、書道を断念し、現在は北海道で全く関係のない仕事に就いています。この男性の転倒事故にどうやら「二和美咲」が関係していたらしいのが、彼女が高校を卒業せず、高校3年生に留まる理由ではないか、と間瀬は推理します。
その先輩が再び書道の道を戻るか、彼女を許すことが、美咲を卒業させることにつながると、美咲を北海道へ連れていき、その男性に再会させます。

しかし、真相はそのさらに先にあって、今は部活生も美咲一人になったすっかり寂れてしまった「国際交流部」の壁に隠されているのですが・・・という展開です。その真相は、高校時代、美咲がロッカーを移動して隠している現場に間瀬くんも出くわしているので、もう少し早く現場に来ていたら、この事態は避けられたのかもねー、というところですね。
ちなみに、塗り込められたなんとか、とかの系統ではないので、ホラー系の苦手な方も安心してお読みくださいね。

レビュアーから一言

表題と、昔のままの姿の同級生に出会う、といったシチュエーションから、これは創元推理文庫ではなくて、角川ホラー文庫のほうでは、と思ったのですが、ストーリー的には、リリカルな青春ミステリーでしたね。
読み進むうちに、自分の学生時代のきゃっと恥ずかしくなるような思い出や、忘れていたエピソードを追想させるミステリー。現実に少し打ちのめされて心弱くなっているときに、おすすめです。

九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)
九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)

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