偶然にみせかけて不幸を操る「悪意」の存在を見つけ出せー七尾与史「偶然屋」

人生を左右しているのは、自らの意志だけでなく、数々の偶然の産物だよね、と感じている人は多いのではないでしょうか。あの時、あの角を曲がらなければ、とか、あの人に出会わなければ、と様々な「たまたま」の出来事があったり(なかったり)したら、人生が大きく変わっていただろうな、という出来事はほとんどの人が人生で経験していると思います。
ただ、その偶然、あるいは運命と思っていた出来事を、陰で仕組んでいる人がいたとしたら、をきっかけに始まるブラック・ユーモア・ミステリーが本書『七尾与史「偶然屋」(小学館文庫)』です。

「偶然屋」のあらすじと注目ポイント

物語はまず、今巻の主人公「水氷里美」がパチンコ屋で大当たりを出しているところから始まります。彼女は名門・早稲田大学を卒業後、司法試験に挑戦していたのですが、圧倒的な能力不足から不合格続きの末のフリーター生活を送っていて、今回、街中の電信柱の地面近くの低いところに貼り付けられていた「アシスタントディレクター募集」の求人広告を見つけ、面接の待ち合わせで指定され、目印のヒマワリのリボンを付けてでかけたのが、このパチンコ屋だった、という設定です。

ところが、面接の相手方は現れないまま、このパチンコの店員・堀内栄子に、「ヒマワリのリボン」をしていたことから、マンションの隣人に人違いされたのが縁で、彼女の悩み相談の解決を引き受けたところから、本巻の表題でもある「偶然屋」の仕事に引き込まれていくという筋立てです。

堀内栄子の悩みというのは、そのアパートの隣人・大場可奈子に関すること。大場は恋人が写したヌード写真がコンピューターウィルスによってパソコンからネットに流出したことから会社も辞めて引きこもりになっていたのですが、最近、深夜になると大場の部屋から激しく壁を叩いたり引っ掻いたりする音が続くので不眠症になっている、というものです。
パチンコで大勝ちしたことで太っ腹になっている「里美」は堀内の悩みを解決するため、彼女のアパートへ行くのですが、彼女の部屋にあった目覚まし時計が壊れていて、昼間、大きな音で鳴り響くようになっていることを発見します。どうやら、昼間に鳴り響くこの音が、隣人の嫌がらせの原因になっていることをつきとめるのですがこの時計は、逆隣の隣人・星野からの貰い物。実は、この時計の小姓には星野のある企みが隠されていて・・という筋立てです。

そして、この堀内からの依頼ごとが「里美」が面接を受けることとしていた「アシスタントディレクター募集」の広告を出した「オフィス油炭」の試験の一環。募集していたのは、アシスタントディレクターではなくて、様々な依頼を「偶然(アクシデント)」にみせかけて叶えていく仕事「アクシデント・ディレクター」こと「偶然屋」のお仕事でありました。なんとか、「アクシデント・ディレクター」の採用試験に合格した「里美」は、「オフィス油炭」の見習い社員として働くことになるのですが・・という展開です。

次のお仕事は、独身のまま50代の半ばになってしまった男性・長谷部の婚活をなんとかするもの。彼には30歳半ばの木暮琴恵という好きな女性がいるのですが、彼女との仲をとりもつために「偶然の出会い」を演出するお仕事です。
ここで使われるのが、古典的な「チンピラに絡まれている女性を白馬の騎士が助ける」という古典的な手法で、付け焼き刃の鍛錬と本当の偶然でなんとかうまくいき、長谷部と木暮とは付き合い始めるのですが、実は木暮という女性は幾人もの男性と付き合って、財産を巻き上げている「結婚・婚活サギ」です。しかも、その何人かは不審の死を遂げているというプロ中のプロ。今回も、長谷部を最後の毒牙にかけようと、彼の誕生日にケーキを買って一緒に部屋でお祝いをするのですが、二人で仲良く「木暮」のいれた紅茶を飲んだところ、毒にあたって倒れたのは、なんと「木暮」のほうで・・と、悪意の企みが二重三重の交差する展開です。

で、本巻の第1章から第3章の章末には、本編とはほとんど関係してこない掌編的な話がのっかっていて、それは我が子の事故死が同僚の仕業ではないかと疑って復讐を試みるは母親の話や、有名進学校にやってきた教育実習生が、クラスを成績の上下で2つにわけて、上のグループの自尊心を煽り、下のグループに理由のない劣等感を植え付けて対立を煽る話であったり、有名高校出身ながら就職に失敗して不遇な境遇で暮らしている男性が、あるネットの人生相談のサイトのアドバイスで、アドバイス先をクビになったのをきっかけに通り魔殺人へと駆り立てられる話が挿入されているのですが、これが、最終章で、里美が請け負った最初の仕事の大場可奈子が人生相談先のサイトを調べるアフターフォローの仕事とか、ワインバーでの浮気が原因の傷害事件に関連してきます。
そして、これらの出来事を一つにまとめると、そこには、人の心を操って事件を起こす社会実験を好んで謀んでいる、一人の「悪意」の存在が見えてきて・・・、という展開です。

レビュアーから一言

最初は、軽ーいタッチのユーモア・ミステリーで始まりながら、あちこちに散りばめられたパーツが最後のほうで集まってくると、強大な「悪意」の存在が見えてきて、というのが、七尾与史ミステリーの一つのパターンでもあるのですが、今巻では、シリーズ化されれば、今巻の主人公・水氷里美の強大な敵となる人物が出現してきています。
今回も、際どい心理実験ネタがあちこちに散りばめてあって、例えば、アメリカでナチスの再現を社会実験した「サードウェイブ実験」や、1990年代半ばに国の人口の10〜20%の人口が虐殺されたとされる「ルワンダ虐殺」などが出てきます。どれも、人間心理の「闇」の部分に関わるものなのですが、無視できないものを含んでいるのは間違いないですね。

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