社員食堂の絶品ランチが謎解きの原動力ー七尾与史「ランチ刑事の事件簿」

社員食堂や学生食堂というと十数年前は、「ボリュームがあって安いが旨くない」代表格の食堂のように扱われていたのですが、GoogleといったIT企業やタニタのような健康機器メーカーのおかげもあるのか、最近では、グルメ本にのってもおかしくないほどのレベルの食堂が増えているようです。
そんな風潮の中でも、一般の人がおしかけるとことでないこともあって、グルメ店があるとも思えない、警察署の「食堂」のランチに刺激を受けながら、数々の事件の謎を解いていく物語が本書「ランチ刑事の事件簿」シリーズです。

「ティファニーで昼食を」(ハルキ文庫)

シリーズ第一作である本書の舞台となるのは警視庁の室田署という架空の傾圧所でここの警察署に勤務する「國吉まどか」という食いしん坊の女性警察官が主人公となります。

彼女が日頃の過酷な勤務に耐えているのも、旨いランチがあってこそ、ということで、捜査員という外勤の多い仕事内容をいかして、署外のレストランでの昼食が多いのですが、あるとき、近くのパスタの名店が臨時休業のため、仕方なく警察署内の職員食堂「ティファニー」に入ったのですが、なんとここの料理は定番ランチの「生姜焼き定食」をはじめとしてどれもがが皿をなめまわすほどの絶品であることを発見します。
この食堂のアルフレッド・ヒッチコックのような体型のシェフ・古着屋護の提供する社員食堂にしては高価な料金ながら、高級レストランを凌駕するランチ目当てに、「まどか」たちは今日も捜査に励むのですが、といった筋立てです。

第一巻となる本書の構成は

第一章 犯罪者はカレーがお好き
第二章 まさかまさかの特製ハンバーグ
第三章 絶品ドリアは殺意がレシピ

となっていて、まず「犯罪者はカレーがお好き」では、取り調べでなかなか白状しない容疑者に「まどか」が提供するあるランチが大効果を上げるお話。
あるヤクザの親分の射殺事件の重要容疑者として「村田」という男を別件逮捕して調べるのですが、なかなか強者で何も白状したい状態のとき、村田が出したのが「うまいカレーを食わせれば喋ってやる」というもの。この村田、実家が昔、室田署に近くで営業していた「グリル村田」という食堂の子供で、曰く「カレーには相当うるさい」とのこと。
近くに旨いカレー屋がないので、「まどか」がとったのは警察食堂ティファニーの古着屋シェフの絶品カレーをつくってもらうことでした。村田の生い立ちとかプロフィールを聞いた古着屋シェフは、見た目フツーのカレーを作ってきます。その味に大きな期待を寄せる「まどか」なのですが、その味は珍品とも言うべき味で、どちらかというと不味いカレー。
これは失敗か、と思っていると、「村田」は涙を流して、カレーを一気にかきこみはじめ・・という展開です。

第二章の「まさかまさかの特製ハンバーグ」では、最初に最近評判の分子料理が、この警察食堂で提供されるところから始まります。しかも、社員食堂としては高価ながら、分子料理としては破格値の2800円の「コース料理」として提供されるのですから、「まどか」も驚きながら夢中で食することになる、という滑り出しです。
事件のほうは、自宅で心臓発作で死亡していた被害者の腿から肉を一部切り出して持ち出した犯人を探し出すものです。腿の肉は被害者の死亡後に切り出していて、死因に全く関係ないのですが、誰が何の目的でそんなことを、といった謎解きです。
事件の謎解きには、古着屋シェフの提供する、一般の人ではそ風味に気付かない特徴をもった、ある「禁忌」の肉料理がが鍵となります。

第三章の「絶品ドリアは殺意がレシピ」は、「國吉まどか」が絶愛する「黄金比ドリア」を提供しているレストラン「花町ドリア」の店主・花町泰男が背中をゲッペルス社という刃物メーカーのステンレス包丁で刺されて死んでいるのが発見されるというもの。そのナイフはドイツ製で、プロの料理人しか使わない「タンホイザー」という銘柄モノの包丁です。
なぜ、わざわざこのナイフで刺したのか、というのが謎解きの鍵になるのですが、日tんととなるのは、調度10年前の同じ時期に、「カシマ亭」という、幼い娘と暮らしていた洋食屋の店主が殺された事件で、この時にも同じナイフが使われています。カシマ亭の事件の時には、店主の秘蔵のレシピノートもあわせて行方がわからなくなっていて・・・という展開です。10年前の事件の時には一応、犯人は捕まっているのですが、被害者宅の高級腕時計や金品の窃盗は認めているのですが、殺人は否認していて、この供述とレシピノートの行方が10年前の事件の真犯人と今回の事件の犯人を見つけ出す「胆(キモ)」ですね。

ティファニーで昼食を ランチ刑事の事件簿 (ハルキ文庫 な 14-1)
ティファニーで昼食を ランチ刑事の事件簿 (ハルキ文庫 な 14-1)

「隠し味は殺意」(ハルキ文庫)

「ランチ探偵シリーズ」の第二作目となる「隠し味は殺意」の構成は

第一章 ランチ刑事の恋愛事情
第二章 外国人実習生の闇
第三章 容疑者浮上
第四章

となっていて、第二巻は「鵜飼」という鉄筋施工会社の社長が、空きビル内で待った刺しされて殺されてい田、という事件の謎解きです。

中堅会社の殺人事件ということで、会社ののっとりを狙う、殺された社長の妻と部下との不倫や、ベトナムからの実習生受入に絡んだ実習生の搾取やイジメといった今日的な課題が諸混まれた中編ものです。謎解きのほうは、外国人実習生問題から発展して、国際犯罪っぽい雰囲気も漂いそうになるのですが、ここはちょっと勇み足かもしれません。

ちなみに、作者の他のシリーズの「トイプードル探偵」や「妄想探偵エニグマ」で登場する人物も脇役ながら顔を出しているので、探してみてくださいね。

そして今回で、警察食堂「ティファニー」は運営会社の経営悪化で閉店。謎の名シェフ・古着屋も姿を消してしまうのですが、巻末で彼の意外な過去が明らかになっています。

隠し味は殺意 ランチ刑事の事件簿(2) (ハルキ文庫)
「絶対味覚」を持つ天才コック・古着屋護の手で、室田署地下食堂は、 一般市民まで押し寄せる人気店へと生まれ変わった。 「警視庁随一のグルメ刑事」國吉まどかと高橋竜太郎のコンビは、 その美味を堪能しつつ、事件解決にも古着屋の腕を借りていた。 そ...

レビュアーの一言

「グルメ・ミステリ―」というと、古くは嵯峨島昭さんの「グルメ警視・酒島」シリーズや、最近では、深緑野分さんの「戦場のコックたち」、あるいは近藤史恵さんの「ビストロ・ド・マロ」シリーズ、斎藤千輪さんの「ビストロ三軒亭」シリーズ、水生大海さんの「ランチ探偵」シリーズなど数々あるのですが、本作は一応、絶品ランチを表題にはしているのですが、本体は、奇妙な事件のユーモア・ミステリーというところでしょうか。筆者の作品は、ユーモアの糖衣をまとってはいるのですが、齧ってみると「ブラック」味が強い、というものが多いのですが、今シリーズはどちらかというと「ホワイト」味が強いので、ブラック風味が苦手な人におススメです。

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