昆虫学者は遺棄された腕に潜む秘密を暴くー川瀬七尾「メビウスの守護者」

警視庁の上層部の新しもの好きと気まぐれから、法医学の新分野として捜査活動の中に組み入れられた昆虫学。その法医を委嘱された、パワフルでKYな女性准教授・赤堀淳子が、死体にわいているウジや現場の臭気をものともせず、被害者や犯行現場に残された「虫の声」を聞き分けて、通常捜査や鑑識活動では見抜けない謎に迫っていく「法医昆虫学捜査官」シリーズの第4弾が本書『川瀬七尾「メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官」(講談社文庫)』です。

「メビウスの守護者」の構成と注目ポイント

構成は

第一章 水気の多い村
第二章 芳香の巫女
第三章 雨降る音は真実の声
第四章 オニヤンマの復讐
第五章 メビウスの曲面

となっていて、今回の事件の舞台は、東京都ではありながら山岳救助隊も置かれている、西多摩地区の山中。ここの山登りの初心者向けのハイキングコース近くの崖下で、人間の右手が発見されたというものです。ほかの部位はまだ発見されていないで詳しいことは不明なのですが、手の五本の指全てが切り落とされ、さらには腕の動脈が引き出されている、というところに「猟奇性」が感じられるところですね。

検死の結果は「死後十日前後」という診断が下されているのですが、昆虫学者・赤堀は、腕についていたアメリカミズアブの幼虫から死後20日以上経っているはず、という意見を捜査本部の席でぶちあげます。今までの前三巻では、赤堀の提示してくる異論に鑑識のほうが反発して、という展開になるのですが、今巻は警視庁捜査一課でただ一人のキャリア組でしかも、がちがちの超保守派の女性、伏見管理官が赤堀の意見を封殺してくる上に、捜査協力も好まないというアゲインストの強風が吹き荒れる筋立てです。
なので、巻の中ほどで、この「右手」が他の場所から動物によって運ばれてきたのでは、と推理する赤堀の意見を瞬殺して、右手発見場所付近の捜査に限定したために、赤堀に協力して別働捜査をしていた岩楯刑事が、腐乱死体から発生したウジを頭からかぶる、という災難に見舞われることになります。

で、今回死体が発見されたのは浅間嶺のふもとにある「仙谷村」という以前は林業で活気があったのですが今はすっかり寂れてしまった過疎の村なのですが、今回作者は、高級車や高級自転車を複数台所有している父子二人で暮らしている金持ち風の一之瀬一家とか、息子が以前、強盗致死で若い女性を死なせていて、被害者家族がら逃れるように転居を繰り返した末にこの村に移住してきた中丸一家や、フランス帰りの調香師とか、疑わしい人物をしっかり用意してきています。

そのうえで、イケメン一家の息子のほうは、府中市にある中高一貫校に通っているのですが、たくさんの女子生徒を「泣かして」いるという評判な上に、死体の脚が遺棄されていた国分寺の公園に出入りしていたのが発見されたり、中丸一家の強盗致死の前科にある息子は、窃盗癖が収まらず、村の特産物候補として栽培しているキノコをごっそり盗んだり、夜中に頭陀袋をもって出歩いていたり、国分寺のネットカフェに変装して出入りしていたりといずれも犯行を疑わせる行動が描かれます。

そして、村で突然トコジラミが発生するのですが、このトコジラミが遺体が切断された場所にいたか、死体を遺棄した人間についていた可能性がでてきて、赤堀が、このトコジラミから採取した血液からDNAの抽出を試みます。そこで出てきたDNAは・・といった展開です。

ここまでで、事件には中丸一家の息子が関わっていそうなことが今巻の中でほのめかされていくのですが、実はもう一段、ドンデン返しが仕掛けてあるのでご注意ください。

レビュアーの一言

今巻では、事件の起きた日、都内から大きなカバンを抱えてタクシーで、この村にやってきて、そのまま行方が分からなくなっている男の正体が事件の謎をとく重要なカギになります。
その男が抱えていたカバンからは「腐臭」が漂っていたということで、それは遺棄された死体の臭いなのか別の何かの臭いなのか、さらに、遺棄された右手の動脈が抜き出されて血が抜かれていた理由は、といったところに作者が巡らしている仕掛けがありますので注意して読んでくださいね。

メビウスの守護者 法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)
東京都西多摩で、男性のバラバラ死体が発見される。岩楯警部補は、山岳救助隊員&...

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