警視庁で法医学の新分野として捜査活動の中に組み入れられ、徐々にその存在感を増している昆虫学。その法医で、パワフル・ＫＹな女性准教授・赤堀淳子が、死体に蠢くウジや現場の腐敗臭をものともせず、被害者や犯行現場に残された「虫の声」を聞き分けて、通常捜査や鑑識活動では見抜けない事件の真相に迫っていく「法医昆虫学捜査官」シリーズの第５弾が本書『川瀬七尾「潮騒のアニマ 法医昆虫学捜査官」（講談社文庫）』です。
「潮騒のアニマ」の構成と注目ポイント
構成は
第一章 風の鳴る島
第二章 あの世とこの世がつながる場所
第三章 外来種からの警告
第四章 ゴシップと神話
第五章 赤いハートマーク
となっていて、今回の事件の舞台は伊豆諸島の神ノ出島（念の為言っておくと、この島は作家のこしらえたフィクションです）。この島の道路脇の草むらで「西峰果歩」という元幼稚園教諭をしていた29歳の女性の死体が見つかります。死因は「検死」の結果では自殺による縊死とされるのですが、薬指に髪の毛が巻きついていたり、首を吊ったロープに髪の毛とイヤリングを巻き込んでいるのが不審といえば不審に思えるところです。
今回の事件の一番の特徴は、ウジに食われた痕はあるのですが、その数が異常に少なく、死体にたかるカツオブシムシもごく少量で、死体は完全にミイラ化していることです。温暖湿潤な日本で死体が完全にミイラ化するには少なくとも３ヶ月以上かかるそうなので、被害者は３ヶ月以上も雨のかからない屋内に放置されていた、ということになるのですが、狭い島内のどこにそんな場所があるのか、といったところが一番目の謎となります。
今回の捜査メンバーは、警視庁捜査一課のおなじみの岩楯刑事と、伊豆諸島を管轄する伊豆南警察署の兵藤がペアになって、被害者の暮らしていた西日暮里と伊豆諸島を往復して捜査にあたることになります。
ただ、今回の捜査では島民たちが自分たちの生活に警察とマスコミがずかずかと入ってくるので警戒心丸出しになっているのと、被害者が極度の人嫌いで、家庭内も母屋から離れたプレハブで一人暮らしていて、家出癖もあり、妙なオカルトにも染まっていたという女性で、なかなか核心に至る情報にはぶつかりません。おまけに、札付きの週刊誌の記者・桃山涼介が何かを嗅ぎつけていて、被害者の家族や勤務先にも、警察に先回りして情報をとっている、という状況で、岩楯のイライラは募るばかり、という状況ですね。
一方の昆虫学者・赤堀のほうは、いつもと同じマイペースでの調査活動です。死体を発見したハスキー犬・トシゾーの半飼い主でもある獣医の沖田や、この島で「猫」を使った町おこしを始めている青年団の団長・甲斐、あるいは島の老婆あたりから情報を得ていくのですが、今回は彼女の得意技の「虫」が遺体からはほとんど発見されないため、少々勝手が違うようです。
そして、事件捜査のほうは、岩楯たちと赤堀の双方が一度に動き始めます。
まず岩楯のほうは、被害者の果歩に親たちが１億円以上でる高額の死亡保険をかけていた、ということと、事件をしつこく取材していた雑誌記者の桃山が殺されてしまうのが一つ。もうひとつは、被害者の果歩には自殺願望があったことが判明したことと通っていたカウンセリングのNPOの治療で、同じように自殺願望のある５人の男女と一緒に日本の伝説を調べていたことがわかります。
赤堀のほうは、島のシベリアンハスキー犬についていたアリが、毒性に強い外来種にアカミミアリであることを見つけ、その駆除のためにアリの生息地を探しているうちに、島の伝説にでてくる崖下の洞窟で５人のミイラ化した死体を発見します。毒アリの巣を探して、赤堀の巻き起こす、この洞窟に至るまでの島民や警察を巻き込んでのドタバタ大捜査は、なにかのドキュメンタリーを読んでいるようで結構ハラハラドキドキします。
事件の真相は、この岩楯と赤堀が見つけてきた果歩と５人の自殺願望者とミイラ化した死体が見つかった洞窟とが結びつくことで明らかになっていくのですが、獣医の沖田の不可思議な行動も浮かび上がってきて・・といった筋立てです。
最後のところでは、シリーズお決まりの赤堀准教授が巻き込まれるバトルシーンも要しされているので、最後までお読みくださいね。もちろん、ドンデン返しも用意されてます。
レビュアーの一言ー神ノ出島の伝説に撹乱されないでね
今回、物語の随所で、島中が霧に取り囲まれてこの世とあの世の境目が曖昧になるという伝説や、この神ノ出島が江戸時代、流刑の地として使われていて「風葬」と「海神信仰」が島の独特の宗教だった、であるとか、ミイラの見つかった洞窟はあの世とこの世をつなう場所だ、とか不気味な言い伝えが随所に出てきます。
伝奇ミステリーと法医昆虫学ミステリーの両方が一度に楽しめるオトクなつくりになっています。
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