井上真偽「ムシカ 鎮虫譜」=古の「虫追い」儀式に巻き込まれた音大生の運命は?

「探偵が早すぎる」「恋と禁忌の述語論理」「その可能性はすでに考えた」などで、ミステリ―の常識をひっくりかえす設定の極上ミステリーを送り込んできた筆者による「パニックホラー&本格ミステリ&青春冒険小説」と、発表当時、およそ交わらない賛辞を「本の帯」につけられた、冒険音楽ミステリーが本書『井上真偽「ムシカ 鎮虫譜」(実業之日本社)』です。

あらすじと注目ポイント

構成は

序ノ譜
一ノ譜 ホウハイイチコツ
二ノ譜 イボジリハヤタラ
三ノ譜 スガルハハヤビキ
四ノ譜 ゴコウハセメオト
五ノ譜 カワモリハアマノネ
六ノ譜 ササガニスイジョウ
七ノ譜 オンビキハオメリ
八ノ譜 オセサマハアシブエ
終ノ譜
始ノ譜

となっているのですが、目次をみても筋立てを予測させてくれないのは作者のいつもの感じですね。

物語の本筋は、音大の作曲科に在学中の「優一」ほか、同じ音大仲間の翔馬、美亜、紗希、朱里の五人の若者が、瀬戸内海の小島「笛島」へクルージングへ出かけるところから始まります。

彼らは音大の三年生なのですが、コンクールの学内選抜に落ちたり、いままでやっていた楽器への才能の限界から他の楽器への転向を迫られていたり、精神的なトラウマで楽器が演奏できなくなっていたり、とそれぞれに自らの音楽の才能の「壁」にぶち当たっている状態。そんな中、仲間の一人・美亜の叔母にあたるプロの声楽家が、若い頃行き詰った時、瀬戸内海の小島「笛島」にある神社にお参りしたら運が開けた、という話をきいて、神頼み兼気晴らしにそろって出かけてきた、という設定ですね。

そして、笛島の神社へのお参りを提案したメンバーの一人、美亜によるとこの島では
1 この嶋ではなるべく虫を殺さない
2 必要以上にうるさい音を立てない
3 ここで誰かに出くわしたら、速攻で逃げる
というのが叔母さんから聞いた鉄則だそうで、ホラー好きの人なら予測がつくように、この島で出くわす「恐怖」の源は「虫」ですね。

その兆しは、五人が島の神社へのお参りからの帰り道、途中で美亜が落としてしまったクルーザーの鍵を探しの戻ったあたりから発動をはじめます。神社の近くで野犬に襲われかけた優一たちは、その野犬に襲い掛かる「カメムシ」を目撃します。さらに、カメムシに食い荒らさせる野犬を見て悲鳴をあげる美亜の声に反応して向かってくるカメムシの群れを、突然現れた巫女姿の少女・菊里が、高い音の笛の音で撃退してくれ、なんとか助かります。

この後、クルーザーに戻った優一たちは、ここで、島の取材にきているという音楽雑誌の編集者たちと出会うのですが、彼らから、この島の周辺では昔から「神隠し」の伝承が多いと聞かされます。そしてこの島の神社で何年かおきに開催される「虫追い」の儀式に使われるという楽器があり、それが「手足笛」と呼ばれる楽器なのですが、これが人骨でつくられた楽器ではないか、という推理も併せて聞かさます。彼らに同行して、優一たちも島の中へと踏み込んでいくのですが、そこで待っていたのは凶暴な虫たちで・・・という筋立てです。

実は、この優一たちに親切にしてくれ、仲間となってくれる音楽雑誌の編集者たちがくわせもので、特に、無邪気な天然系の女性の「真由」の真実の姿が「真っ黒け」なのは読んでいてビックリするのは間違いないです。もちろん、彼女以外は「虫」たちに殺される「雑魚キャラ」という、この系統の小説の定石はきっちり踏まえてあります。

また、クルーザーの鍵の捜索には参加せず、船の見張りのために残っていた紗希と朱里の方はは、同じころ、カマキリの群れに襲われるのですが、これも突然現れた巫女姿の茶髪の女性の演奏する「三味線」で助けられます。この女性の勧めで、島の中の集落へと避難することになり・・と話が進んでいきます。

そして、優一、翔馬、美亜、紗希、朱里の五人を助けてくれた「巫女姿」の少女。菊里と合流し、盗まれた「手足笛」を取り戻し、この島の「虫」を鎮める儀式を村人にかわって行うため、再び神社へ向かって行きます。途中で立ち塞がってくる「虫」たちを、撃退するには、自分たちの周囲から期待外れと失望した「音楽」の技しかないのですが・・といった展開です。

最後のところで、この島の本当の秘密が明らかになるところは、「ホラー小説」の最後の浄化の場面のような清々しさが漂いますので、ぜひとも最後までお読みくださいね。

Bitly

レビュアーの一言

「虫」が敵キャラになる「ホラー小説かなー」といった感じで読み進んでいただいていいのですが、終盤のほうで、ひょっとすると、音楽に挫折しつつある主人公たちがそれを乗り越えていく「青春小説じゃね」といった疑惑も浮かんでくる、いろんな読み方ができるエンターテインメント小説ですね。
いつも小説のいろんな定石を崩して楽しませてくれる作者の「技」の炸裂といった読み味です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました